「っそ、どこだ……」


もう随分と夜遅くになってしまった。人の往来もゼロに近い。ぐるぐる目まぐるしくあたりを見回すも、誰もいない。
しかし。そのとき。
――――公園の前だった。
前衛的なアスレチックのある、あの公園。初めて朽崎と出会ったときのように。その近くに、人影が、見えた。
一人は立ち尽くし。
一人は尻餅をついて道路を這っている――――命乞いでも、してるみたいに。


「朽崎!」


見間違いかもしれないのに。人違いかもしれないのに。顔も見たくない関係かもしれないのに。もうどうしようもないかもしれないのに。
俺は叫ぶ。
彼女の名を。
立ち尽くす影の、淡く光る肌。悍ましくも美しい顔。そんなの、朽崎無言以外ありえない。
立ち尽くしていた人影は、ぴくりと反応する。尻餅をついていた人影は、意を決したように逃げ出す。しかしそれを追わない。じんわりと顔を上げる。街頭の下まで近寄ると、相手は――朽崎無言は――この世のものとは思えないほど美しい笑みを浮かべた。


「並木さん……」


俺と朽崎との距離。
およそ十メートル。
朽崎は恍惚とした表情だった。まるで――――いや、多分実際、胸が痛むくらいに、きっとそうなんだろう――――初めて太陽を見たときの人間さながらの幸せそうな、そんな表情だった。
そして、圧倒的なまでに、美しかった。
昔の巨匠が描いた天使のような顔立ち。目が眩むほど美しい。少なくとも俺が今まで見た中では最高レベルだ。ブラックダイヤの中に真珠やトパーズを散らせたような艶やかな瞳。笑顔は屈託が無く、非の打ち所のない唇は薔薇色と言うに相応しい。誰がどう見たって絶賛するに違いない端整な容姿。そしてそれを無慈悲に蹂躙するかのような――――グロテスクな裂け傷。
俺は息を呑んで、彼女に言う。


「久しぶりだな、朽崎」
「そうですね。並木さん。久しぶりに貴方の顔を見た気がします」
「気、っていうか、間違いなく久しぶりだろう」
「そうでしたね。もう二度と会わないものかと思ってました」


会えない、じゃなくて、会わない、ね。
俺は皮肉げに笑った。


「無断休校しすぎだぞ、朽崎。お前は誠実で利口なやつだと思ってたんだがな。先生もみんなも、もちろん俺だって、心配してる」
「そうですか」
「帰ってこいよ」
「ごめんなさい」


告白もしてないのにフられたような心境になった。
ふと視線を下げる。今までよくは見えなかったが、彼女は鋏を持っていた。鋭利で嗜虐的で、紅い血のこびりついた大きな鋏。俺は静かに眉を潜めて朽崎に問う。


「……切り裂き魔って、お前か」
「はい、そうです。まあ、周囲が私のことをそう呼ぶだけで、私としては切り裂いている気は微塵もないんですよね」


悲しそうに、笑って。


「だって私、《口裂け女》ですから」


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