朽崎は暗い声で「あの……やっぱりいいです…………すみません」と言い、その場を去っていく。投げやりに歩く彼女の背中を俺もひたすらに追った。
迂闊だった。
朽崎は多分、自分の傷を見せるのをあまり好まなかったに違いないのに。口裂け女――自分の傷を美しいと言ってくれる人間を探す都市伝説――俺はとんだ大馬鹿者だ。わざわざ傷口をえぐるようなことをしてしまうなんて。申し訳ないなんてもんじゃない。ひたすらに後悔する。目の前の、いつもに似つかわしくない乱暴な早歩きをする朽崎に、心の底から謝りたくなった。
全てのキラキラした店を突っ切って、朽崎はデパートを出る。大きなバルコニーのような広場に出て立ち止まり、彼女は空を仰いだ。


「ごめんなさい」


震える声で、彼女は言う。


「せっかく、楽しんでたはずなのに……、空気、悪くしちゃいましたね」
「いや…………俺こそ」
「並木さんはなにも悪くないじゃないですか。なんで謝るんですか。本当、おかしな人ですね、並木さん」
「俺は……」
「並木さん、だけだったんです」


と。突然に。朽崎は言う。


「並木さんだけだったんです。マスクを取った私の顔を見て、綺麗だって言ってくれたのは。まあ、そりゃ、当たり前の……ことなんですけど。大体の人はね、怖がるんですよ。私の顔を見て。怯えて、脅えて、逃げ出すんです」


先回って彼女の顔を伺うのはさすがに憚られた。無理だった。今朽崎がどんな顔をしているかなんて。そんなのは、知りたくない。


「きっと並木さんが、おかしな人だからですね」
「なんだと」
「でも。そのおかしさに、私がどれだけ救われたか…………わかりますか?」


そこで初めて。朽崎は振り返る。
風船と髪がやんわりと揺れた。
絶句するくらい綺麗な瞳が俺を見つめる。


「私、本当に嬉しかったんです。本当に本当に……私はきっと、並木さんと会うために生まれてきたんだって……そんな風に」


そこで俺は、ふとしたことに気付く。

ん? なんだ? その、告白みたいな言葉は。まるで愛を囁いているような言葉は。胸を擽る面映ゆい言葉は。まるで俺に恋をしているかのような、匂うような言葉は。
朽崎は頬をほんのり薔薇色に染めながら言うのだ。恋する乙女のように。瞳はラメが散ったように潤んでいて、白い手はギュッ握られている。


「だから、私、本当に幸せでした。貴方と摩訶不思議高校で再会出来たとき。運命の赤い糸って本当にあるんですね! ねえ。並木さん!」


俺も、そう、同じことを思っているかのように、朽崎はまっすぐに言い放つ。純真無垢の煌めき。全てが幸せそのものの、楽園が如き響き。林檎やプラムのような甘い匂いに、愛おしそうな眼差し。
自惚れなんかじゃない。
自信過剰でさえもない。
間違いない。
朽崎無言は、恋をしている。
それも。
この――並木深夜に。


「並木さん。私たち……きっと、きっとずっと一緒に」「悪いが俺はお前に恋愛感情を抱いていない」


えっ、と。朽崎は首を傾げて言った。彼女の声はどことなく気の抜けた、コットンのような響きをしていた。目は真ん丸と不思議そうに俺を見つめている。俺はその彼女に、もう一つ呟く。


「なにか勘違いをしているようだが、並木深夜は朽崎無言に恋心を抱いてはいない。仲間やクラスメイトという立場としての好意なら勿論存在するが、俺はお前を好きだと言ったことは一度もない」
「え……そ、んな……でも、だって……」


朽崎は焦ったふうに瞳を揺らす。


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