「……悪いな」
「それはこっちの台詞ですよ。むしろ、付き合ってもらってる分をちゃんと返せてない……私のほうが多くを貰ってるんです」


ありがとうございます。そう幸せそうに笑う朽崎は、あの夜に見た笑顔を思い出させるには十分な美しさを兼ね備えていた。それと同時に、あの耳まで裂けた残虐的な傷までフラッシュバックし、一瞬だけ身震いする。
ふと朽崎を見遣ると彼女は自分の分のアイスを買ってはいなかった。俺はもらったラムネソーダをはむりと舐めとる。なんだろう。ダイエット中か? 女子はすぐに気にしていけない。朽崎なんかはかなりスレンダーな部類に入るんだからこれ以上痩せればスルメになってしまうぞ。しかし本人が気にしていることをうだうだ他人が気にするのもなんなのでその進言は控えておくことにした。乙女心を解する俺。なんたるイケメン! 光源氏も超えた!


「なんだか久しぶりです、こうして買い物するの」
「俺もだ。最近はコンビニばっかりだったからな……学校の近くにあるミニストップのマンゴーパフェに秋が激ハマりしてそれに付き合ってた」
「マンゴーパフェ! 美味しそうですね」
「今度みんなで食べに行くか」
「あ、すみません……そういうスイーツは一人で食べることに決めてるんです……」
「ん? そうか」
「はい……そうです」


少し元気がなくなったような気がした。彼女の持っている風船が萎むような、そんな感覚。なにか悪いことでも言っただろうかと考えるが、何も思い当たりはしない。むしろ自分のジェントルマン加減にうっとりするくらいだ。さて。どうしたものか。そう視線をあちらこちらに移すと。


「お」


これはこれは面白そうな。
エレベーターの隣のコーナーに、似顔絵売り場が展開されていた。
ベレー帽を被ったいかにもなアーティストが、割と大きなサイズの色紙に筆を走らせている。画材はよくはわからないが、色のある筆ペンみたいなものだ。過去の作品を壁に飾ってあるのだが、その微妙さと言ったらない。ピカソとモネを足して二で割らなかったようなタッチだ。上手いか下手かで言えば“味がある”としか答えようがない。目はアーモンド、鼻は茄子、唇は餃子で出来ているとしか考えられないその絵柄は、俺の興味を引き付けるには十分すぎるパワーを持っていた。


「似顔絵ですか」
「面白そうだ」
「描いてもらいます?」
「なんか恋人っぽいな」


俺がそう言うと、朽崎は真っ赤になって笑った。


「すみません、一枚お願いします」


朽崎が礼儀正しく声をかけるとベレー帽のアーティストは嬉しそうに了承した。描きあげるまでには一時間ほどかかるらしく、だとしても俺達には急ぐ理由もないので、快く承諾する。
しかし。
そのアーティストが「じゃあ、マスクを脱いでいただけますか」と言ったとき――――朽崎の顔色が変わった。
彼女は自分の頬をマスク越しに撫でる。目を見開いたままのその行為はどこか病的だった。
その表情を見て、今までの――幸せそうな笑顔とは打って変わった――本当に哀しそうな顔を見て、俺は心底後悔する。


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