にしても。
もし俺が切り裂き魔とやらに刺されなかったとして、無防備な朽崎はどうなんだろうか。俺のように神懸かった後光のない彼女は圧倒的なまでに不利だった。まあ、彼女の精彩に満ちた端整な美貌を以てすれば、俺レベルとはいかないにしろそれなりのフラッシュは焚けそうだった。きゃー眩しーい! 切り裂き魔だってイチコロね!
すると、まるで会話の終了を待ち構えていたかのようなタイミングでチャイムが鳴った。これはまだ予鈴に過ぎないが、我が摩訶不思議高校は名前の適当さに比べて割と規則が厳しい。予鈴が鳴ったと同時に教室に向かうのはルールであり、チャイムと同時に授業を開始するのは当たり前だ。つまり、実質、今昼休みに終止符が打たれ、授業が開始されたに等しい。
そして幾分か後、本鈴が鳴る。
そのラジオノイズがかかった響きを最後まで聞くのを許すことなく、朽崎は待ちきれないと「さあ、行きましょう!」と両手で俺の裾を引っ張った。彼女の表情は紛れも無いほどの喜びの一色。俺が「そんなに俺と行きたかったんですか?」と尋ねると、彼女はふんわりと笑って「はい、そうですよ」と答えた。
何故だろうか。
何故朽崎は、たったそれだけで、こんなに幸せそうに笑うのだろうか。





A

しかし。この時間帯に制服姿で出かけるのはやはり人目を引くものがあった。
俺と朽崎はアクション映画に出てくるスパイのように珍奇な足取りで摩訶不思議高校から抜け出し、徒歩で行ける距離のデパートへと向かうことにした。途中、営業回りのサラリーマンや買い物帰りの主婦らしき女性、必死の形相で反復横跳びをする米寿ほどの老人や蛍光グリーンの全身タイツを来た相撲取りらしい男性とすれ違ったりしたが、俺達はそんな有象無象とはてんで較べものにならないくらいのミラクルオーラがあった。思わず警察らしき若年の男性が「君達、学校は?」と尋ねてくるくらいである。それにうろたえることなく俺は「校長誕生日で休みです」と答える。訝しげな顔を残す警官に「お前にとってはミジンコだったとしても、俺達にとってはザビエルなんだ!」「キリストじゃないのか」という涙が出るほど感動的な対話により全て事なきを得た。ちなみに俺は校長の名前さえ知らない。誰だ。


「それにしてもどうしましょう……私、そのデパートへの行き方をよくは知らないんです」
「ふむ、そうか。ならこの道をどう行けばよいかもわからないんだな」
「はい」
「ならば教えてやろう。俺もデパートの行き方を熟知しているわけではないがこれだけは確かだ。遥か昔にティメラシウスが言った言葉、“迷うことなかれ、全ての答えは右に通ず”」
「なるほど。ならば右ですね。にしてもよく知っていましたね、ティメラシウスの言葉なんて」
「いや、俺も初めて聞いたぞ。ティメラシウス? 誰それ」


俺達は微塵の疑いもなく右折した。


「にしても朽崎、今日は何を買う予定なんだ?」
「新しいパジャマとレジャーシート、それから皆さんと食べるお菓子でもと」
「お菓子か。悪いな」
「いえ。いつもお世話になっているので」


むしろお世話になっているのはこちらのほうだというのに。朽崎はなんでもない風に俺に言った。礼儀正しい人間だと思った。


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