暫く歩いていくと、階段が見えてくる。赤く錆び付いた手すりに、滑り止めのハゲた段。ずんずんと上っていくと、四階から屋上へと向かうあたりで、黄色いテープが張られている。赤いコーンが両脇に鎮座しておりいかにも「入ってくんなやぼけぇ」感が伝わってくる。だから俺は「入っちゃうぞあほぉ」感満載にテープを跨いでみた。何故か朽崎に「オーバーリンボーダンスですか?」と聞かれた。一体朽崎には、紅顔の美ジェントルマンなこの俺が、どう見えているのだろうか。
すっと上がっていくと、更に立入禁止と乱雑な字でかかれたカーテン。くぐるように奥へと進んで、俺はおどけた風に朽崎に手を差し延べて言う。
「“秘密基地”へようこそ」
たちまち朽崎の顔に朱が散る。顔半分がマスクに隠れてもわかるほどにまでだった。光の煌めくその瞳を真ん丸して、彼女は手を重ねた。
遊馬も秋も否見もカーテンをくぐって、新しい受講者の――仲間の周りに集まってくる。
「とりあえず今日は何をしようか」
「新受講生歓迎会は?」
「どこでだよ。こんな早朝でどんな店が開いてるって言うんだ」
「じゃあみんな、俺のミステリーサークル作るの手伝ってくんねえ?」
「また作るのか、秋。もういい加減にしておけよ」
「人形さんは誘わなくていいの?」
「どこにいるかわからないだろ」
「案外、ロシアのハバロフスクにいたりしてな」
「パスポートあったっけ?」
「知らないがアイツならどうにかして行きそうだ」
メリーさんだし。
そんなことを言っていると、否見が「外に出るのはやめておいたほうがいい」と、淡泊に呟いた。
振り返って奴を見てみると、スマートフォンを弄っていた。包帯まみれで表情は伺えないが、変顔をしているようにも見えた。なんだ。相手してやろうか。
「え、なんで?」
秋が首を傾げて問う。否見は「なんか」と一拍置いて「この近くで切り裂き魔事件が起きたんだってさ。今朝血まみれの男の人が発見されたみたい」と、僅かばかり神妙に言った。
「あー、最近いっぱい刺されてるやつか」
「そう、それ」
「近くってどのあたり?」
「あの、やけにサイケなアスレチックのある公園の近く」
「え」
俺は絶句する。
近い。
近い。というか。
数時間前まで俺が倒れていたところじゃないか。
あそこで殺傷事件が起きて?
被害者が倒れていた?
俺は肩を震わせる。
ぶるんっ。
ゼリーみたいに震えたよ!
「怖いな」
そう一言呟くと、朽崎はさっきの俺のように肩を震わせた。なんだ、ゼリーシンドロームか? 俺が原因か? 悪いな。悪気は無いんだ。果てしなくごめんなさぶわはははは。
「怖い、ですか」
朽崎は小さく問い掛ける。
俺は目を逸らした。
しまった。朽崎のあの顔のことと勘違いしてしまったみたいだ。確かに綺麗だとは思うけれど裂けた傷痕は血が凍るように悍ましい。アルコールの抜けた今、もう一度見ようものなら俺は気絶するに違いない。
だが本人に失礼だろうな。
女の子なんだし。
俺は朽崎の顔を見ながら「いや、やっぱりそんなことはないな」と返した。
朽崎はにっこりと笑う。
「よかった。並木さん、怖がるといけないと思ってたので」
その言葉の意味を解さないまま、ただ空気は話を押し進めていった。