B

無事に調理実習をして食事にありつけ、そのあと小波先生が適当に日本史やら地理やらの授業をしていると、それだけでもう時計は朝の六時を指していた。
時間が経つのは早い。
数時間前にはカップラーメンをズルズル食べていたなんて信じられない。ちなみに一番上手く出来たのは遊馬だった。味付けに鳥ガラスープとラー油と醤油を数滴入れたのだとか。卑怯なり。そして一番マズかったのは秋だった。なんか何処で見たこともないような怪しげな液体を闖入させて、異臭を放っていた。本人曰く「冥王星の味の素」、おい、どうする、こいつの頭は大気圏を越えるまでにブッ飛んでいるぞ。
僅かに明るくなる空を見ながら、先生の「解散」と言う声のあと、俺達は屋上へ向かう階段へと急いだ。


「朽崎、帰るか?」


俺は朽崎に問い掛ける。
答えを予想できる質問。


「いえ」


否定。
これは当たり前と言えば当たり前のことだった。
摩訶不思議高校夜間部は、“そういう”連中のたまり場なのだ。

摩訶不思議高校夜間部のウリ。
制服は支給されない、教師さえも存在しない、使えるのは特別棟二階大講義室とその真横にあるトイレと保健室のみ――――しかし、授業料教室使用料は一切無く、また身分証明や両親の承諾無しでも、学校に口頭申請するだけで受講可能。そして何より魅力的な項目――――朝昼間は屋上に限り学校に滞在して良い――――。
何度も言うが。
超自由型夜間学校を受講する生徒の生活実情など、まともじゃないことは目に見えてどころか見えなくてもわかるだろう。大体の生徒は家がない乃至絶賛家出や勘当中。この甘美な汁のような条件に飛び付いた人間が殆どだった。深夜ロハで受講出来る、朝昼間は屋上及びそれに通ずる階段の踊り場を寝床や雨風を凌ぐ場所として確保出来る。それが摩訶不思議高校夜間部最大のウリなのだ。


「えっと、屋上とそこに通ずる踊り場が、活動範囲でしたよね?」
「まあ基本そうだね。ちなみに、一般生徒が屋上の立ち入りを禁止されている理由はそこにある」


夜間部の領域だから、踏み込ませない。
もし諸君らの学校の屋上も立入禁止になっていたとしたら、それは俺達みたいなのがいる合図だ、気をつけろ。まあ気をつけたところでどうにもならないから中退することをお勧めするな。高校中退の肩書きを抱きながら無様に職難に喘ぐがいい。あはんうふん!


「案外快適だよ、踊り場。ゴミ捨て場からソファーも持ってきたし枕も毛布もある。カーテンを引いて一般生徒から見られないようにもしてあるし、屋上なんか晴れた日寝転ぶと堪らない」
「素敵ですね、秘密基地みたい」


百合の花のような可憐な声が上気した。子供らしい想像に、遊馬は苦笑する。


「ただ、皆さんご飯はどうしてらっしゃるんですか?」
「今日みたいな調理実習で済ませたり。でも毎日は無いから注意」
「不健康極まりないぜ、一日三食なんてラッキーだ」
「一応昼休み終わったら、食堂であまりものが貰えたりするぞ。勿論一般生徒に見つからないように」
「はあ、大変ですね……」
「まあ、中にはバイトしてる奴もいる、そいつはご飯買ってきたりするし、俺達にわけてくれたりもする」
「あと、朝昼屋上にいなきゃいけないのは義務じゃない。僕と深夜は市内をブラブラしたり、マンガ喫茶入ったりしてるよ」
「受講者の中にはそのまま帰ってこない人間もいる」
「人形ちゃんがいい例だな」


ふむふむ、と。俺達の説明に相槌を打つ朽崎。なんとかやっていけそうな前向きな眼差しで、熱心に聞いていた。



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