「おや、並木くん、遊馬瀬くん、やっと来ましたか。待ちくたびれましたよ、待ちくたびれすぎて毛が抜けるところでした」
「これ以上抜けたら黄金の温泉マークというアイデンティティが剥奪されてしまうのは目に見えて明らかだな。先生、ごめんなさい」


夜間部が教室として使わせていただいている大講義室。その開いたドアの前で、俺と遊馬と朽崎は頭を下げる。
今夜は月明かりが苛烈で、電気の必要はなさそうだ。びっくりするくらい大きな月が大講義室の窓の外に浮かんでいて、青白く照らしている。いつも閉めきった黒いカーテンも脇に退けられていて、実にいい月見が出来そうだった。団子が欲しくなってきたぞ。どうせなら団子作りたい。

俺は大講義室を見回す。今夜の受講者はびっくりするぐらい少なかった。夜間部は総勢でも両手に収まるくらいの人数しかいないわけだが、今回は遅刻した俺達三人を含めても、なんとか片手で収まるほどだ。
サボりか、サボりなのか。学生の本文は勉強だと言うのに。恥を知れ。


「おや、二人の後ろにいる彼女は………………ああ、新受講者の朽崎さんですね」
「え、ああ……はい。そうです」
「はじめまして。今回の授業の講師を勤めさせていただく、小波(さざなみ)です」
「よろしくお願いします…………小波……先生?」


朽崎が訝しげに首を傾げる。
遊馬はおかしそうに笑った。

小波。
今回の授業の講師。
人当たりのいい性格に、温和かつ柔和な物腰。
受講者にも人気のある講師の一人だ。


「えっと、失礼ですが」


だが。
しかし。


「……………小さい、ですね」
「はい、まあ。所謂“小さいおじさん”だからね」


そこで遊馬は噴き出した。
俺は肩を竦める。

小波先生は、身長七センチくらいのオッサンの先生である。濁った色のスーツを着ていて、教卓の上に鎮座する姿は指人形さながら。
遊馬がどこからのツテだかで選定してきた講師だ。
俺も初めて先生を見たときは目を疑ったものである。
だってちっちゃいもん!
食えそうだもん!


「噂に聞く、あの“ちっちゃいおじさん”ですか。私初めて見ました」
「そうだね、うん、僕たち一応妖精みたいなものだから。見つかっちゃったら大変だから」
「そういえば、目が合ったら消えると聞いていたのですが」
「消えたら君達に教えられないじゃない」
「ああ、そっか」


そんな心優しい先生に拍手を贈りたくなった。でもそうしたら多分遊馬と「どうしたのかな君は、シンバルをビシビシと叩き続けるジョッコーモンキーの物真似なんかして」「あのオモチャの正式名称を知る人間が俺以外にいたとは、不覚なり」「ふっ、おぬしもまだまだだのう」なんて漫才をしかねない。そんなわけで俺は自団駄するだけに留めてみた。朽崎に「宝塚のラインダンスの練習ですか?」と聞かれた。ジョッコーモンキーとラインダンス、はて、どっちがいたたまれなかったか。


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