俺がふと首を回すと、学校の校舎が目に入る。おばけの腕のような木枝が覆い、少し離れたところに深緑のフェンス、そして手前には真っ白な塀。
どうやら本当に、たいそう歩いていたらしい。そして俺はそれに気付かずに、眠ったまま引きずられていたらしい。緊急時にでも入睡に勤しめる俺の技量に天晴だ。きっと前世で徳を積んでいたおかげであろう。流石だ前世の俺。実に涙を誘う。その努力に永遠の乾杯を。


「うーん?」


遊馬は首を傾げた。ふわりと髪がタイムラグを生んでおさまった。
こいつは何を唸っているのだろうか。口に今を心して。全く、意味がわからない。わかる気もあまりない。つまりは万々歳! ついでにバンバンジー! バンバンジーってバンジージャンプをバンッてする意味だと思ってた!


「見慣れない人だね」


見えんわ。

多分目の前に誰かいるのだろう。遊馬はただ立ち止まり、遅刻寸前であることすら忘却して、黙ったままでいた。
暫くすると俺の不満に気付いたのか、遊馬は俺の見易いように回転してみる。足を離してくれればそれだけで十分だったというのに。

俺は肩を竦めながら、遊馬が見つめていたものに視線を移す。

そこで俺は、絶句した。


薄いベージュのステッチが入った茶色のローファー。制服が支給されない俺達はなんちゃって制服に身を包んでいるのだが、その人物また、似たような服装でいる。髪はチョコレートブラウンで胸の下でカーテンみたく踊っていた。覗く瞳は潤んでいて、宝石を散りばめたかのように煌めく黒。そして――――顔下半分を覆う、真っ白いマスク。

見覚えのある顔だった。むしろ見覚えしかない。俺は遊馬に引きずられるまで、“彼女”を見つめていたのだから。

校門の前に立つ彼女もこちらに気付く。遊馬は愛想の良さそうな笑顔で彼女に言う。


「夜間学校の新受講者?」


その言葉で彼女は目を輝かせる。


「はいっ、そうです」


まるで歌っているみたいだ。百合のようにたおやかな声を以てしてくすくすと笑う。


「もしかして、夜間学校の生徒ですか?」
「うん。そうだよ。つまり君とはクラスメイトになるんだね。よろしく……えっと」
「朽崎無言(くちざき・なごと)です」
「朽崎さん」


遊馬は彼女に歩みより、握手を求め手を掲げる。彼女もまた同時に歩み寄り、そして手を差し出す。ふんわりと髪が揺れ。そしてその手は。


「貴方の名前を……聞かせて下さい」


――――地に横たわっている俺の頬へ宛がわれた。
遊馬の握手を完全に無視して、熱っぽい眼差しで俺を見つめる。しゃがみ込んでいっそう近くなった彼女の顔はやはり綺麗で、そのマスクの下にあの悍ましい傷が潜んでいることなど噫にも出さない。

俺はこの御都合主義な運命に絶句し、なんのアクションもリアクションも出せなかった。
訝しげな態度で、遊馬は俺達を見つめる。


「…………並木、深夜」


やっとのことで、俺は名前を言い出せた。彼女は俺の手をまるで宝物か何かみたいにぎゅっと握り、花のような笑みを浮かべて呟く。


「並木さん……ですね」


さてさて。
目の前の彼女の隣で未だ手を掲げたままでいる我が憎らしい親友になんと説明したものか。
とにかく簡潔かつ端的に言うとするなら。


口裂け女が転校してきたぞ。


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