恋人との行為において、何が一番好きかと聞かれれば俺はキスだと答えよう。無論恋人と愛を以て繋がるのも嫌いではない。が、それよりも奴とのキスが万物に代え難い程好きなのだ。
佐久間の部屋は居心地がいい。程よく広く、広すぎない。カーペットは程よく温もり、クッションは程よく柔らかい。思わず瞼が重くなる。
「鬼道さん?」
隣に座ってゲームをしていた佐久間が顔を上げた。
「あ、すいません起こしちゃいました」
「…寝てたか」
「ゲームしてて、視界の端っこで鬼道さんの手が動かなくなったからあれっ、て思って」
手元をみると読んでいた文庫本のカバーが外れて裏表紙が露出していた。ぺらりと音をたててカバーを付ける。
「佐久間の部屋は居心地がよくて、つい」
そう言うと佐久間は首を傾げて苦虫を噛み潰したような顔をして、鬼道さんの部屋の方がすっごい綺麗ですよ広くて豪華で、と力説してくれた。そんな佐久間には申し訳ないが、はっきり言うと俺にはあの部屋が些か居心地が悪く感じる。
「なんでです?ソファーふわっふわですし天井も高いですしカーペットもこんな枯れた芝生みたいなんじゃなくて」
佐久間は納得が行かないのか言葉を選んで俺の部屋を褒めてくれた。
「あの部屋は俺には広すぎるんだ」
佐久間は尚更納得が行かないようで、遂にはははご謙遜をと微笑し始めた。
「広すぎて、心細くなる」
目を丸くした佐久間は鬼道さんが…?と尋ねた。
「あそこで与えられて有るものはみな大きい。大きすぎて広すぎて、近寄れば反対側が遠くなる。淋しい部屋だ。」
すると佐久間は押し黙ったまま俺を抱きしめた。己の唇と他者の唇の接触。言葉にしたらその程度でしかない行為を何故憧憬し、慈愛するのだろう。何故それを仲介して互いの私情を探り合うのだろう。
「鬼道さん、キスしていいですか?」
「いちいち聞くな」
だが感情の前に論議というものは塵と等しいことが如何にも経験談である。




幸せな佐久鬼
101008