「佐久間!足元!」 芝生の上を駆けていた鬼道が敵をパスカットし、真っ赤なマントを振り乱しこちらへ叫んだ。足元を見ると左足の靴紐が解けていた。慌てて屈んで結んでいたら、俺の横を通り過ぎて上がっていく成神が嘲笑していた。 「佐久間、後で来い」 試合後、案の定鬼道に呼び出された。後悔の念がぐるぐると背骨の前辺りに渦巻いている。 扉を開けると鬼道さんは既に制服に着替えていた。 「何故呼ばれたか、分かるな」 こちらに目もくれずにノートにペンを走らせる鬼道の声が余りにも無機質なものだから、俺は涙目になるのを堪えるのに必死で声が出なかった。 「帝国は常に完璧でなければならない。どんな些細な隙も許されない。佐久間、あのザマではお前が帝国の勝利の歓声をベンチに座って聞く日も近いだろう」 「…すまない」 やっと出た声の弱々しさと言ったら自分でも嫌になる程小さかった。俺は己の心の隙をひたすら悔やみ、要因である左足を俯いて見てる他何も出来なかった。沈黙がふたりきりの部室にずしりと居座っていた。 「佐久間、頭を上げろ」 鬼道は手を止め、ノートをパタリと閉じた。 頭を上げると鬼道は俺の正面を向いていた。赤い目がゴーグルの黒いレンズの中から見上げている。 「俺を失望させるなよ、佐久間」 鬼道は少し眉を下げて困ったように笑った。 「俺はお前のサッカー、好きだからな」 「鬼道、」 頭が揺さぶられたような感覚がした。 「鬼道、鬼道鬼道っ…!」 俺は目から涙が流れ出るのも構わず鬼道の肩を掴んだ。 「佐久間、」 「鬼道、俺」 「お前とずっと、サッカーしたいっ…俺もお前のサッカー好きだ…」 鬼道は何も言わずに俺の手に触れた。 「今日は遅い。帰ろう」 月が照らす帰り道、彼のそば或いは隣をずっと走れたらと願うのはエゴで片付けられるものでは無いと、誰か言って欲しくて堪らなかった。 それが俺のたったひとつの希望だなんてそれこそいっそエゴでしょう title:白々 110306 |