揺れる電車、スーツの鬼道とジャージの俺。行く先は決まっていた。電車で鬼道の別荘へ行くのだ。改札で切符が買えずにオロオロしながら困ったとばかりにこちらを見つめる紅い瞳を思い出しながら駅で買った弁当を食べるといつもより美味しい気がした。向かいの席でちまちま佃煮を突いてほろ苦さに顔をしかめる鬼道は、別荘と言っても今は使っていない義父さんの古いペンションだからあまり過度な期待はするなと言った。
無人駅を降りて、舗装されていない山道を登った先で俺達を出迎えたのは、真っ白な洋風の文字通り別荘だった。期待どうこうよりも別荘にあるまじき規模に開いた口が塞がらない俺の横で、期待するなと言った鬼道は、だから言っただろうと苦笑いしていた。
建物の中は定期的に清掃してあるようで、いつでも生活出来るようになっていた。
「さて、なにをしようか円堂。釣りでも行くか」
近くに綺麗な川があるんだと言う鬼道を押し倒して白いシーツにダイブした。
「真昼間から盛るな」
そう言いながらも鬼道は俺の腰に腕をまわす。
「だって我慢出来ねぇもん」
唇を重ねると鬼道はより深く舌を絡ませて、もっととばかりに求めてきた。長い長いキスの末、離すと鬼道は少し息を乱して言った。
「仕事中に部下を振り切って俺をさらったんだ。精一杯愉しませてもらうぞ、守」
鬼道はにやりといやらしく笑みを浮かべてネクタイを緩めた。
たとえどんな声を惜しみなく響かせてもここは山中、陸の孤島。
聞いてるのは俺だけだ。





title:にやり
110220