「面白い」
うっかり口に出してしまった。
「何が面白いんだ鬼道」
豪炎寺は赤面して顔をそらした。
付き合い始めて3ヶ月、ようやく豪炎寺がキスをしてきた。敢えて手を出さないとどこまで奥手なものか見物していたが、そうか、三ヶ月か。文字通り先が思いやられる。しかもキスもまた可愛らしいもので、唇が触れるか触れないか分からない程度のものだった。バードキッスが聞いて呆れる。さらにそのキスまでの下りがまた可笑しくてしょうがない。放課後の教室、誰もいないのを確認して夕日を背景に、両肩に手を添えて、見つめて、それでそれで顔を少し傾けて眼前まで顔を寄せてギュッと目をつぶり、リップ音もたたないくらい軽く唇を触れさせる。どこまで純情なのだろう。三ヶ月も待ったのだ。いい加減少しくらいその純情を崩してやってもいいだろう。
「それが貴様のキスか」
「悪かったな、初めてなんだ」
「じゃあ俺が教えてやろう」
手の平を頬に当て、親指を唇のサイドに添わせる。残った四本の指で軽く顎を抑える。豪炎寺は先程よりも酷く赤面している。顔を傾け眼前まで寄せる。じっと真っ黒な目の中を見つめると、豪炎寺は眉間に皺を寄せて頬を染めて身体を強張らせた。
「豪炎寺」
「っ、早く…鬼道…」
「豪炎寺」
「鬼道、早く、」
「豪炎寺」
「早く、鬼道…頼むから…早く、してくれっ…」
「豪炎寺、それは」
俺の台詞だ。

「まさかとは思ったが、キスだけで…」
「言うな!初めてだって言っただろ!」
「…お前が悪いんじゃないか」
「え?」
「ふん、まぁいい。にしても少しくらい男を見せたらどうなんだ。全く…何故お前に惚れたのかさっぱり分からなくなるだろう」
豪炎寺は少しの合間黙った。その沈黙と伏せられた黒い切れ長の目は、俺に少しばかり罪悪感を抱かせた。なんだ、まるで俺が悪いみたいではないか。第一下手で奥手なお前が悪いんだ。俺がどれだけ我慢してお前を待っていたと思っているのか。伝わるはずもない不満がぐるぐると心の中を巡る。思わず歯を食いしばった。
しばらくすると何を思ったのか、豪炎寺はいきなり俺を抱きしめた。突然だったのとあまりの力の強さに一瞬息を飲んだ。
「俺もお前を好きになった理由はよく分からない。でも俺は確かにお前が好きだ。その気持ちが本当なのはっきり分かる。俺はお前みたいに…いろいろは、得意じゃない。だから必要以上に行動に時間と勇気がいる。お前を待たせてしまう。でもお前の事を一生懸命愛している。それじゃあ、駄目か?」
「…駄目なわけないだろクズが」
運よく、抱きしめていてくれたおかげで顔は見られずに済んだが、そのハグ自体が俺の頬のほてりを加速させているのがどうにもこうにも困ってしまった。これじゃあ離れた時に阿保面を曝してしまう。仕方がないから落ち着くまで、やつの腕に収まるとしよう。





title:にやり
101229