「またそんな顔をして、」



路地裏でボロボロになった、少し肌色が見えた黒い塊を踏んでみた。
「うっ」と苦しそうに顔を歪めたかと思えば薄らとその思そうなまぶたを持ち上げて視線を泳がせる。
視界でも悪いのだろうか。
尚も眉間にシワを寄せて私を捕らえると小声で「誰、」だなんて。
ああ、何てこと。



「寝惚けてないでよ」

「ああ、なまえか、っ」



起き上がろうと地面に手をつく塊は手首でも捻挫したのだろうか、呻き声を上げて再び地面に崩れ落ちた。



「馬鹿だね。いい加減大人しくしていればいいのに」

「君こそ、いい加減その馬鹿に絡むの辞めればいいのに」

「面白いから嫌だ」

「変な趣味」

「臨也ほどではないと思うけど」



仰向けに寝転がると瓦礫の上で痛みを押し殺すかのように笑う。
ああ、何て馬鹿な人。いい加減にすればいいのに。



「傷、消えなくなるよ」

「その時はなまえのファンデーション借りる」

「傷口にファンデを付けるのはあまりよくないって聞くけど?」

「なまえのならいいや」



それは、どう言う意味なのか。

思えばこの男、私に散々期待させた挙句、ことごとくその期待を裏切って。
ああ、何て酷い。何て愚かしい。

ああ、それは私なのか。
馬鹿馬鹿しいと言うたびに、私が馬鹿馬鹿しいのだ。



「なまえ、手を貸して欲しいんだけど」

「借りね。私はいいけど、あんたは嫌なんじゃない?」

「直ぐ返す」

「どうやってかな?」

「、好きな物でいいよ」



臨也の身体を引きながら話す。
ねえ、どこが痛いの。

おぶるのは無理なので彼の腕を肩に回して歩き出す。
一瞬見ただけだと酔っ払いみたいだろう。

借りの返却は"好きな物でいいよ"だなんて。
ああ、またあんたは私をからかってるんだろうな。

変わらない、変わらない。



「例えば?」

「そうだね、例えば…うーん。俺の小指ちゃんとか?」

「そんなグロテスクな物は要らない」

「あ、は。違くて。俺の小指の位置とかってこと」

「……私はあんたの愛人にはならないよ」



そう言う意味でしょう。
小指って女…つまり愛人って言う意味があるらしいし?ああ、酷い。



「じゃあ、恋人なんてどうかな」

「あんたは私をからかってるのね」

「酷いなあ。なら、今ここでキスでもしてあげようか?」

「…」



そんな軽々しく言わないで。
本気な人に失礼だ。
そして惨めな気持ちになる。
臨也にそんな気がなくても、私からしてみれば全然惨めにされてるの。
お願い、いい加減にして。
からかわないで。



「、泣くなよ」



驚いて臨也を見れば困ったように笑っていた。
少し固まる。だって、こんな表情は見たことがない。
ああ、またからかっているのね。そうでしょう。



「君に泣かれると困るんだ。困るんだよ」



頬に温もり。
柔らかくもしっかりとした感触。
彼の、手、だ。
温かい。温かい手だ。

涙を拭うかのように彼の唇が頬に吸いつく。
おでこ、まぶた、めじり。そしてまた、そして、そして。



「俺、君が好き、なのかなあ」





特定の人は作らないって言ったじゃない。
人は皆好きだから、全員平等にって。
だから我慢してたのに、そんなのずるい。反則だ。

だからこんなことも言っちゃうのよ。



「私は好き、よ」



路地裏ロマンス

臨也が笑う。「そっか」だって。
満足げに、笑って、その後にまた困ったように笑って。

「何だか、通じ合ったのはいいけどさ。俺って今凄く格好悪くない?」

いつものことでしょ、
言ったら頬を噛まれた。




2010.10.23
甘いの書こうと思ったらあまり甘くない。と思って頑張った。
は、恥かしい。甘いの苦手なんですよね。大体ギャグ路線で。
臨也くんはきっとボロボロの時に本音が出るタイプだ。うん、多分ね。

タイトル⇒水葬
(文体が変わった感は否めない)



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