鉄板拳 1
朝起きたら背中から柔らかい感触がした。
あれ、私、何でベッドで寝てるんだろう…。
ここは多分静雄さんの部屋だ。
なのに何で私が静雄さんの部屋で寝てるんだろう。
とりあえず起きてリビングへと繋がるドアに手をかけるとふわり、いい香りがした。
「あ、は、はよ」
「…静雄さん…何してるんですか?おはようございます」
「いや、その、飯をな…」
少し挙動のおかしい静雄さんがキッチンに立っていた。
近づいて見れば割れた卵でべしゃべしゃになったキッチンが見えた。
その傍らでフライパンでパンを焼いている静雄さんの手が見える。
「フレンチトーストだっけか…?それみたいなのなら作れるかと思ってよ」
「別に私がやるから気にしなくてよかったですのに」
「("ですのに"…?)いや、たまには、な。ハハハ」
ぎこちない笑みを浮かべてパンをひっくり返した。
丁度いい焼き加減に朝ご飯が待ち遠しくなる。
それにしてもぎこちない。何でだろう。
昨日からちょっと様子おかしいなあ、静雄さん。
私がパジャマのボタンを開け過ぎてたのが気に入らなかったんだろうか。
「そうだ、今日仕事早く終わるからよ、服でも買いに行くか?」
「服ですか?」
「おう。やっぱ必要だろ?俺も丁度デパートに用あるしな」
「そうなんですか。じゃあ付いて行きます」
「そうか。んじゃあ…3時くらいに駅とかどうだ」
「分かりました!」
「それまでヒマだろ?セルティ呼ぶか?」
「セルティさん…どちら様ですか?」
「ああ、そっか、セルティには会ってねえんだもんな…新羅の同居人」
「新羅さんのですか!いい人ですか、セルティさん」
「おう、いい奴だぞ」
「なら会いたいです!いい人は大好きですよ!」
「そっか、じゃあ新羅に連絡入れてみるか…まあ、来れるかは分かんねえけどな」
「大丈夫です、いざとなったら池袋探検に行きます!」
「気ぃつけろよ。最近物騒だから」
「静雄さんも怪我しちゃ駄目ですよ」
「滅多にしねえから平気」
焼き上がったパン4枚をお皿に置いて冷蔵庫から牛乳を取り出した。
2人でもふもふ食べて、時々卵のカラが入っててパリパリ食べもして、静雄さんが遅刻ギリギリで大慌てで家を後にして、私はテレビに電源を入れた。
『4日前から騒がれている"池袋通り魔事件"ですが、いまだ犯人は捕まっておらず、警戒が続けられています。目撃証言による犯人は上下が黒のジャージ、ひょっとこのお面を身につけており、鉄板を拳につけて殴りかかると言う……』
そこでチャンネルを変えた。
こう言うニュースは苦手だ。池袋ならもしかしたら自分も被害に遭うかもしれないけれど、苦手なものをちゃんと見るのはもっと苦手だ。
何度かチャンネルを変えたが特に面白い番組もやっていなかったのでテレビの電源を切ると少しして電話がかかってきた。
電話にはいつでも出ていいと言われたので出ることにすると、新羅さんからだった。
『やあ、名前ちゃん。元気かい?静雄から連絡があったんだけど、生憎今、彼女も仕事でね。1時間もすれば帰って来ると思うからその時に連絡するよ』
それに加えて2、3話して電話を切った。
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