これ以上自分の顔を見させないように、私の体を更に強く抱きしめて。
「……名前」
その声音はどこか緊張感を含んでいたので、思わず身構える。
「……さっき言ったこと、本当に思ったことか?」
───はい、と。
その質問に、彼の腕の中で小さく肯定する。
「……本当に、本当か?」
彼らしくもなく念を押して訊いてくるものだから、思わず吹き出してしまった。
困ったように、眉を"ハ"の字にして。
「な、なに笑って……!」
「そんな嘘吐いてどうするんですか」
慌てた様子で上擦った声を出す彼に、落ち着いた声音で応対する。
土方さんもそれに少しだけ気持ちが落ち着いたのか、幾分か肩の力が落ちた。
「まあ……、そうだよな」
彼が可愛いらしくて、自然に私の口元は緩んだ。
どんなに強い相手でも、決して怯まない土方さん。
だけど、こういう話は苦手なんだな、と。
そんな新たな彼の一面を見れた私は、悦に浸り笑みを深くする。
多分、私だけが知る土方さんだから。
「………その。土方さんは、嫌でしたか……?」
顔色を伺うように、少しだけ仰ぎ見てみた。
緩んでいた私を包み込む腕の力が、ピクリと反応して再び強くなる。
そっと私の耳元に唇を寄せて、秘め言のように囁く。
「……嫌なわけ、ないだろ」
甘く低い彼の声が、私の鼓膜を擽るように震わす。
安心感からか、涙がぼろぼろと溢れた。
「───なっ!?いきなり泣くなよ……!」
突如泣き出した私に、土方さんはギョッとした様子で体を離す。
それから心底困った顔で、次から次へと溢れてくる涙を指の腹で拭ってくれる。
それでも涙は止まってくれなくて、逆にその指の動きが優しすぎて量を増す。
「よ、よかったです……!」
嗚咽混じりに、半ば叫ぶように感情をぶつける。
「な、何がだよ」
「わ、私だけ側にいたいんじゃないかって、思って……」
止まらない嬉し涙に、袖口を使って拭う。
「でも、土方さんも同じ気持ちだってわかったら、う、嬉しくて……」
「……泣くか喜ぶか、どっちかにしろよ」
"ったく"と、彼はため息を吐いてみせたが、すごく優しい表情をしていた。
乙女は嬉しくても泣くんですよ、土方さん。
鼻を啜りながら、心の中で呟く。
「前に言ったはずだ、名前」
「………え?」
「俺は、もう逃がす気はないってな」
……………。
…………………………………。
「………ぷっ」
良い雰囲気のところで、思わず吹き出す。
端から見れば空気読めない人だ。
「な、何なんだよ」
「い、いえ……」
まだまなじりに残っていた涙の粒を指で拭い去り、私は悪戯に笑ってみせる。
「──私は、逃げませんよ?それどころか、逆に逃がしませんからね!」
そう笑顔で言ってみせると、土方さんも吹き出して笑う。
「……おまえには敵わねぇな」
「私は土方さんに敵いませんよ?」
「ほぅ、言うようになったじゃねぇか」
「ふふ、土方さんのおかげです」
涙はもう、渇れていた。
ひとしきり笑い合うと、互いに目が合う。
そして、どちらともなく顔をゆっくりと近付け、唇と唇を重ねる。
とても暖かくて、甘くて……。
自分の心が、どんどん満たされていくのがわかる。
まだ新政府軍は来ていない。
新政府軍が来たら、平和なこの蝦夷地も戦場化するだろう。
相手は強すぎる。
私が生き残る可能性も、土方さんが生き残る可能性も……どちらとも低い。
そうだとしても私は、土方さんに生きてほしい。
愛した彼に、生命<イノチ>の終わりまで。
だから、私は刀を持つ。
この戦いから生き残るために。
土方さんが、これからも笑っていられるように。
そんな思いを言葉には出来ないけれど、きっと、本当にしてみせるから。
(たとえ、どんなに血でまみれようと。
あなたと生きる為に、私は剣を取りましょう。)
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