"相変わらず現金だなぁ"とも思ったが、"嬉しいからいいんだ"と自分に言い訳。
……それに、土方さんに笑ってもらえた。
「あ、土方さん。おかわりは大丈夫でしたか?」
「ん?いや、大丈夫だ」
一拍置くように、長嘆息を吐く。
「……さて、やるか」
土方さんはそう呟くと、筆を手に取って残りの仕事を取りかかろうとした。
──ちょうどその時、部屋に扉を叩く乾いた音が響く。
「失礼するよ」
ひょっこりと覗くように入ってきたのは、いつもの笑顔を携えた大鳥さんだった。
彼は私と土方さんを交互に見ると、何故かにこりと笑みを深めた。
土方さんはそんな彼を見て露骨に顔を顰める。
「……なんだよ」
"気味が悪い"と、土方さんは容赦なく言ってしまう。
オブラートも引ったくれも無い、ストレート過ぎる言葉だ。
しかし言われた当の本人は全く意に介していないようで、未だその笑顔を崩さないでいる。
……まるで、悪戯を仕掛ける前の沖田さんのようだ。
「なんか、二人並んでいると夫婦みたいだねぇ」
その言葉に、土方さんは擦っていた墨を真っ二つに折り、私は、大鳥さんに出そうとしていた湯飲みを思わず落としてしまいそうになった。
「なっ……!い、いきなりなにを言い出すんだよ、大鳥さん!」
"折っちまったじゃねぇか!"と、赤面で叫ぶ彼は凄い迫力である。
私もなにか言おうとするけれど、動揺し過ぎて言葉にならず、ただ口をパクパクしてただけ。
「あははっ。二人とも、顔が赤いよ?」
大鳥さんはそんな私たちを見て、からかうように無邪気に笑ってみせた。
そ、そうなれたらすごく嬉しいですけど!
こういう時の大鳥さんは、沖田さんにすごく似ていると思う。
親戚か兄弟なんじゃないか、と思わせるには十分なほどに。
彼はひとしきり笑った後、用は済んだとばかり逃げるように去っていった。
まさに、脱兎のごとく。
沈黙だけが部屋に流れる。
き、気まずい……!
背中を伝う冷や汗がとても気持ち悪い。
……ずっとココに居るとお仕事の邪魔になってしまうから、とりあえず湯飲みを片付けてしまおう。うん。
(決して、気まずいからと逃げる為じゃない)
おぼんに湯飲みを置いて、それを持ち上げる前に話しかける。
「……では、何か手伝えることがあったら言って──」
途端、目の前が黒く染まる。
私の頭の中が黒くなったわけじゃなくて、目の前に彼のあの黒い服があったから。
抱きしめられている。
そのことに、瞬時で理解することはできなかった。
しかし理解した途端、一気に顔が熱くなり混乱する。
「ひ、土方さんっ!?」
私の顔は、彼の引き締まった胸によって完全に埋まってしまっている。
土方さんは忙しい人。
キスなんてもっての他、抱きしめ合うことさえなかなか無いほど。
だからどうしても、初々しい反応をしてしまう。
恥ずかしいという気持ちもあるのだが、それよりも、この高鳴っている心臓の音が聞こえてしまわないかが心配だ。
「なあ……」
彼の私を抱きしめる腕が、ほんの少しだけ強くなる。
呼び掛けに少しだけ躊躇いを感じ取れて、私は動きを止めた。
「……名前。お前は大鳥さんの言葉、どう感じた?」
「え……?」
大鳥さんの言葉って……
「夫婦みたいだ、って話ですか?」
その言葉に、土方さんの肩が少しだけぴくんと跳ねた。
一旦引いたと思っていた熱が、またじわりと浮かび上がっていく。
「……嬉しかった、です」
小さな声で訥々と、自分の想いを正直に紡いでいく。
思ったこと、感じたことを伝えるのは恥ずかしい。
しかし、彼に伝えたいと思った。
日々言えなかった想いを、私の言葉にしたいと。
「本当にそうなれたら、とても幸せだなって……。
土方さんを想っているのと同時に、その想いを形にしたいとも思っているんです」
「だから、嬉しかった、です」
………………………。
今更ながらだが、恥ずかしさが急激に込み上げてくる。
今の私、絶対耳まで真っ赤だっ……!
そう自覚しているから、余計に熱が上がる。
でも、土方さんが私の気持ちを聞いてどう思ったのか知りたくて、彼の顔色を伺うように盗み見た。
「─────」
ひ、土方さんの顔が……。
赤くなってる──。
呆然としながらも、珍しさのあまり彼の顔をまじまじと見てしまう。
するとやはり、"見るな"とお叱りの言葉が降ってきた。
これ以上自分の顔を見させないように、私の体を更に強く抱きしめて。
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