笑い話で済めばよかったのになあ、と心底思った。思ったけれど、私の性格上そんな簡単に物事は進まなくて、結局はまた彼に嫌われた。今更傷つくことはない。だって彼にとって私はただの幼なじみで、私にとっても今ではただの幼なじみな同級生なんだから。

カラン、と掻き混ぜていたクリームソーダの中で氷が音をたてた。ぼんやりとソレを眺めていると向かいに座る幼なじみが「なあ、」と口を開いた。今、目線を合わすとようやく保てている自分が崩れてしまいそうな気がして、視線は緑色のソレに向けたまま「なに?」と返した。

幼なじみとの久しぶりの再会は街中の喫茶店だった。彼がこんなところにいるのがあまりにも意外すぎて、目をありえんばかりに見開いて驚愕したのはついさっき。私は友達にドタキャンされてしまったから暇を潰すためにここに入ったのだけれど、彼はどういった経緯でこんな小洒落た店に来たのか。気になったけれど訊くのは面倒だったからやめておいた。どうやら彼もしばらくは一人だと言うから一緒に席に座ったのが数分前の話。お互いにクリームソーダを頼んで、それ以来口を開いていなかった。話題もないし、私たちには少し気まずい事情があった。簡潔に言えば、まあ、私が彼に振られたのだ。中学の卒業式の日だった。
高校が違うし、彼はどうやら朝早くから夜遅くまで部活をしているらしいから、家が隣でも会うことはない。だから卒業式のあの日から幼なじみとは一切口をきいていなかった。ありがたい気もしたけれど、彼への気持ちが吹っ切れていない私には少しだけ悲しくもあった。カラン、とまた氷が鳴る。話しかけておいて返事を返さない悠一郎をチラっと見ると私のほうをまじまじと見つめていた。思わず私も彼を見つめて静止してしまうのだが、程なくして気まずくなり視線を逸らす。彼が何も言わないから今度は私のほうが口火を切った。

「高校、どう?楽しい?」
「え?ああ、まあな。勉強は全くわかんねーけど。」
「あはは、悠一郎らしいね。」

クスクス笑うと彼はパチクリと瞬きをして驚いた様子を見せた。訳のわからない私は小首を傾げる。訊こうとは思わなかった。やっぱり面倒だったから。バニラアイスが溶けて混ざり出した炭酸飲料を少しだけ喉に通す。クーラーが効いた部屋でこんなキンキンの飲み物を飲むのは少々酷だったけれど、それがどうでもないように思えたのはこの状況のおかげだと思う。

「………お前、彼氏とかできた?」
「え?何で?いきなり。」
「いや、なんつーか、見た目が変わった気がしたから。」

それは暗に可愛くなったと言いたいんだろうか。自惚れないように「そう?」と平然に返して、私は頬杖をつく。彼氏はいない。さっきも言った通り私はまだ悠一郎への想いを引きずっているからだ。自分でも嘲笑いたくなるくらいに未練がましいことはわかっている。でも終わりが呆気なかったせいもあってか、余計に踏ん切りをつけることができないでいた。
だから彼氏は欲しいけれど、今は誰とも交際するつもりはなかった。第一、好きな人はそう易々と変えれられるものではないし。でも、いい加減に私も彼からは脱っしなければいけないなあと思ってはいた。幼なじみだからといって、いつまでも一緒にいられるわけないし。現に高校が別になって会わなくなっていた。

今回はいい機会なのかもしれないなあ、と思った。例え彼が何を言ってきたとしても私は諦めをつけてやろう。仮に彼に好きだと言われても、あの時振ったことを後悔させてやろう。いつからこんなにたくましい女の子になったんだろうと心中で嘲笑いながら私は前を見据える。

「いないよ。彼氏なんていない。」
「!そっか…。……じゃあ、あのさ、」
「でも、いる。」
「は?」
「好きな人は、いる。」

クリームソーダを一気に飲み干した。外気に触れた氷はまたカランと音をたてて溶ける。驚きと悲しみと悔しさと、色々な感情が入り混じった顔を私は見据えて、そう言い放った。好きな人は貴方だよ、とは言わない。もうすぐそうじゃなくなるから。でもいない、とも言わない。今の時点ではまだ彼が好きだから。
彼が何を思っているのか、何を言おうとしたのか、存外勘の鋭い私はどことなく察してはいた。いたけれど、そんなものもう無意味なんだ。「そっか。」と呟いた後に、彼は自虐的に笑いながら口を開く。そんな顔貴方には似合わないよ、とは言わなかった。面倒だったから。

「覚えてるか?卒業式のときお前が俺に告白してきたの。」
「うん、もちろん。」
「そんときさ、断ってなかったらその好きな人は俺になってたかなあ。」

彼もまた、言い終えてからクリームソーダを飲み干した。少しだけ俯いて「そうかもしれないね。」と答えた私は席を立つ。彼は何も言わなかった。代わりにいつもの笑顔を見せて「またな。」と手を振っていた。やっぱり馬鹿なのかな、私も貴方も。

カフェの扉を開けば夏の蒸し暑い熱気が体を取り巻く。それ以上に熱い何かが体の底から込み上げるのを我慢しながら私は家路についた。


気づかぬふりは子供、知らんぷりは大人 //「通過」様へ提出



BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -