手紙を書いたんだ。届けることのできない無意味な手紙。私は文無しだから切手を貼ることが出来ない。だからハチノスの人が来ても集荷してもらえない。でもいいの。私はその集荷にくる人を待っているんだから。

私の手紙の相手はザジ。前はいっぱい遊んでいたけれどBEEになってからは会うことすらままならなくて、そのまま私はユウサリの中部に引っ越してしまった。ここならバッタリ会ったりするかなあなんて思ったりしたけどそんなこともない。配達に集荷に仕分けに、詳しくは知らないけれどすごく大変らしいBEEの仕事をこなしているんだ。家に帰らない日だってそう少なくはないんだろう。中部の外れにある小さな家で私は一人窓の外を眺めながら思った。
両親の他界を機にここに越してきたのは言わずもがなザジに会うためだ。肉親に近い存在と呼べるのは彼ぐらいしかいなかったから。彼が私をどう思っているのかは知らないけれど。

そういえば朝も昼も何も食べてないなあと手紙を片手に持って家を出た。仕事はしているが、なにぶん収入が少ないので食費だけで消えてしまう。最近じゃあ食費すらも賄えなくなってきている始末だ。フラフラと安上がりしそうな店を求めて町を歩いた。人見知りが激しいせいもあってか、あまり町を探索はしておらず、近所付き合いも悪い。つまりは死んでも誰にも気づかれないことだってありえるというわけだ。悲しいなあ。
空腹で覚束ない足取りになっていたせいか、すれ違いざまに誰かと肩がぶつかった。耐え切れず道の脇に倒れ込んだ私だが、相手方は目もくれずに去っていく。町行く人もまたしかり。薄情な町だなあとぼんやり考えながら目を閉じた。
このままここで野垂れ死ぬのだけは嫌だなあ、とザジ宛ての手紙を握りしめながら必死に呼吸をする。もう呼吸をすることしかできなくなっていたのだけれど。そのとき声がして、誰かに抱き上げられる。聞き慣れない女の子の声と、たぶん男の子の声。それに妙に安堵してしまった私はそこで意識を手放した。

しばらく夢の中で、といっても真っ暗闇の中で浮遊していた私は、ふといい匂いが鼻をかすめたのを合図に目を覚ました。我ながら現金なやつだとは思うけど今は気にしないでおく。目を覚まして少しだけ起き上がると盆を持った少年と目が合った。思わず目を見開いて驚いてしまう。見間違うはずがなかった。黒いくせっ毛に釣り上がった猫目。間違いなく彼だ。

「ザジ……!」

感極まって出た声が思いのほか枯れてしゃがれていたことに自分でもビックリした。極限まで空腹を保つと声まで出なくなっちゃうものなのかなあ、新発見だ。

「…はあ。やっぱりお前か。」
「お、覚えてるの?」
「ったりめーだろ。」

ため息をつきながらベッドの傍らにあった椅子に座った彼は「ほらよ。」と私にスープを差し出してくれた。喜んで、見る間に飲み干してしまうと存分に驚かれたけれど。一気飲みをしたことがそんなに意外だったのだろうか。
スープのおかげで声を取り戻した私はもう一度だけ小さく彼の名前を呼んだ。これが夢じゃないと確かめるように。すると彼はそんな小さな声にも反応してくれて、少しだけ照れたように笑う。すぐに照れ隠しに頭をぐしゃぐしゃと撫で回されたけど。「やめてよ。」と笑いながら言っていると、彼が何か思い出したみたいにポケットから紙切れを取り出す。それはどこか見覚えのあるもので、もしかして、と思って取り返そうとすると、ザジはにんまりと笑い「もう読んじまった。」と言った。

彼が持っていたのは間違いなく私が彼宛てに書いた手紙であった。あれにはいろいろと恥ずかしいことも書いている。まさか本人を前にして読まれるとは思ってもいなかったからだ。「ラグに貰ったときはビックリしたぜ。」とかなんとか呟く彼を横目に私は赤面した。あれにはもちろん前にザジと住んでいた町のことについていっぱい書いているのだけれど、後半は両親が死んでしまったせいか寂しいだとか怖いだとか子供の戯言みたいなことしか書いていない。それを読まれたと思うと気が気でないのだ。
何を言われるのだろうか。ビクビクとしながら待っていると、手紙を布団の上に放り投げた彼は優しく私の頭を撫でた。さっきとは比にならないくらいに優しく、優しく。

「辛かったんだな。」
「………うん。」
「…なんか、その、あれだ、悪かった…な。」
「ザジが謝ることじゃないよ。今こうやって会えてるんだし。」
「お、おう。」
「ザジ、会いたかった。」

ベッドから乗り出すように彼の腰に抱き着いた。初めこそ本当に彼が恋しくてそんなことをしたのに後ろめたさとか後悔とかは全くなかったんだけれど、しばらくして我に返った私はとんでもないことをしてしまったと思った。このまま何もなかったみたいに離れるなんて私にはできないし、かといって色々取り繕うのも気分を悪くする。どうしたらいいのか、とりあえずの胸に顔を埋めたまま思案してみたがいい案が浮かぶことはなかった。私の馬鹿野郎。
なんだか妙な沈黙が流れて、収集がつかなくなっていたところで彼が私の名前を呼ぶ。反射的に返事をして顔をあげると、思っていたよりも彼の顔が近くにあった。顔に熱が集まる。それは彼も同じなようで、あっという間に林檎のように赤くなっていた。

「あの、さ…その…、」

言葉を探しながら恥ずかしいのを紛らわすように話し始めた彼だったが、どうにもいい言葉が見つからなかったらしい。すぐにまた黙りこくってしまった。ここは私がなにか言ったほうがいいのか考えていると、片手で口許を押さえて顔を逸らしていた彼が再度私のほうに向く。
やっと言うことが決まったのか。そう思って彼の瞳を見つめていると、瞬く間にそれは私に近づいてきて、唇に何かが触れる。ゼロ距離に近いところにある彼の瞳は閉じられていて、今お互いが真っ赤だということは私にしかわからなかった。


声なんてまるで役に立たないから丁寧に唇を重ねた //「カメリア」様へ提出



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