運命って残酷だね、と自虐的に笑って見せたら彼は酷く顔を歪めて顔を背けた。いつもみたいに笑顔を見せてくれる彼はどこにもいなくて、怒りと戸惑いと悲しみと、その他いろいろな感情が詰め込まれた面持ちで彼は私を抱き上げて微かに震える。
現状を端的に説明するならば、仕事先でヘマをして死にかけたところにたまたまナツがやってきた、というところだろう。こんな山奥なのにどうして彼はいたのか、訊く気力すら今の私には残っていない。仕事内容はいつもより少しだけ難しかったと思う。一人で十分こなせるものだったけれど、油断した隙に横からお腹をバッサリと切り付けられてしまった。瞬間的な痛みがなかったことから考えると相当深かったんだと思う。
そのまま倒れて、だんだんと意識が遠退くのを感じていたら声がしたんだ。すごくすごく愛おしい声。霞む目を少しだけ開けば、桜色の髪をした彼が焦ったようにこちらに駆けてきていた。瀕死状態の私は、きっと放置していればものの数時間で天国へ旅立っていたと思う。いや、ナツに運ばれてる今も現在進行形で天国への道を歩んでいるんだけれど。

できるだけ振動を与えないように、かつ迅速に私を街まで運んでいる彼はいつも以上に格好よく見えた。見上げる空の青によく映える髪色はきっとあの世に逝っても忘れないと思う。すごく、綺麗だ。

「ナツ、」

掠れる声で名前を呼んでも彼は何も返してくれない。それどころじゃないのか、もしくは返したくないのか。真意は私には分からないし考えるのも面倒だった。ただ返してくれないから、勝手に一人で話始める。

「私ね、実はナツが、好きだったん、だよ。いつから、かな…?けっこう、前な気が、する。それでね、」
「わかった。」

吐血しそうになりながら、遺言の如く話す私に彼がようやく言葉を発した。ナツにはとうてい似合いそうもない苦い顔をして、眉間にシワをよせながら私を制止する。「わかったから、もう話すな。」って。わかったなら返事を聞かせてほしいなあ。これでもけっこう頑張ったのに、体力的にも精神的にも。見かけによらず存外臆病者である私が勇気を出して頑張ったっていうのに、君はそれを華麗にスルーするというのか。
空が段々オレンジに侵略されていくのをぼんやりと眺めながら私は彼の返事を待ったけれど返ってくることはなかった。代わりに「見えた!」と少し希望の色を見せた独り言は言っていたけど。どうやら街が見えてきたらしい。私がナツに発見されてから四十四分十五秒、その間も私はどんどん衰弱していったけれど、今はまだ意識ははっきりしているし、かろうじて話すこともできる。私の体はわりに丈夫な造りだったみたいだ。

ザワザワと人々がざわめく声が近くに聞こえて助かるのかなあと呑気に考えるかたわら、やはりさっきの告白の返事を気にしていた。だってもしかしたら私はこのまま死ぬかもしれないし。死ぬ前に彼の気持ちがどうしても聞きたいというわけじゃなく、全くそうじゃないと言ったら嘘になるんだけど、本当の理由は別にあった。死んで、彼の心に残るのが嫌だったんだ。
彼が私を好きかどうかはよくわからないけれど、たぶん好きじゃない。だってこういうのには至極疎そうだし、仮に敏感だったとしても私なんかより他の女の子を好きになっていると思う。だって彼の周りって可愛くてスタイル抜群な女の子多いし。だから彼が断るということはわかっていた。むしろ断ってほしかった。断ってしまえば私との関係はそれで終わりなわけだし、変に気に病むことはない。
本来ならば私が云わないのが一番最善策だったんだろうけど、死期が見えたせいか、少々血迷ってしまったらしい。気付いたらあんなことを話していた。だから、早く断ってほしかった。視点を空から彼に変える。それに彼も気がついたのか前を見ていた視線を少しだけ下げた。

「ナツ、返事。」
「喋るなって言ったろ。」
「返事、ちょうだいよ。」
「だから喋るな。」
「嫌いって、言ってよ。」
「うるせえ!」

執拗に返事を強要したのがカンに障ったのか、急に立ち止まった彼は声を荒立てた。まだ街へ入る直前のところのおかげか、周りに人は見当たらない。ざわめきはさっきよりも大きくなっていたけれど。彼の大声に思わず目をつむった私は、再度その瞳を開くことはしなかった。もうその力がなかったのも一因ではあるが、やっぱり少しだけ辛かったから。

「なんで嫌いなんて言わなくちゃなんねえんだよ!俺はむしろお前のこと好きだ。だから生きて欲しいんだよ!」

ツーン、と耳の奥まで響く大声でそんなことを言われて私は唖然とした。言った当人もしまった、とでも言うような表情でバツの悪そうにまた顔を背ける。

「…ナツ、ありがと。」

なんだかスッと力が抜ける気がして、そうとだけ返した。気付いたら天国に向かっていた足は現実世界へとバックし始めていて、またしばらくは彼と過ごせるのかと思うとなんだか心が軽くなる。向こうで待っていただろう両親に少しの間だけ待ってもらうことにして、私は意識を手放した。次に目を開いたときはいつもと変わらぬ彼がいることを確信して。

理由はきっと彼が好きだから。太陽みたいにキラキラしたあの笑顔が好きだから。死ぬ間際だろうとそうじゃなかろうと、夢の中だろうと現実だろうと、思い出すのはいつも君の笑顔なのだから。


思い出すのはいつも君の笑顔なのだから //「くおん」様へ提出



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