彼、黒崎一護は自らを死神だと名乗った。いや、正確には死神代行なんだけれど、さして違いのないように思えたので割愛させていただく。自分を死神だと言った彼は私がそのナニカに襲われているところを助けてくれた。死神だなんて言うもんだから会うのもこれっきりなんだろうと思っていたら次の日に校門のところで会ってしまった。まさか、同じ学校だったなんて。
普通の人間なのに死神だなんてファンタジックだなあなんて思いつつ、どこか親近感を抱いた私はよく彼と話すようになった。仲はいいほうだと思う、たぶん。もちろんタツキちゃんや織姫ちゃんなんかには負けるだろうけどそれなりに仲良しなつもりだった。まあ元より彼とつるむ女子は少なかったというし。
これからも彼とはいいお友達でいられるだろうと思うと嬉しい半面少しだけ悲しくもあった。そんなことを思っていたある日、私の前にまた黒い下手物が現れたのだ。いざという時には役の立たない両足は、縫い付けられたように頑としてその場を離れようとしない。気づいたら私はお腹を斬られて外壁にたたき付けられていた。塾帰りの午後十一時過ぎのことだ。
この時分に路地裏となれば、助かる確率は不可能に等しい。なんだか呆気ない人生だなあ。もう少しでいいから黒崎くんとお話がしたかったな。もう少しでいいから朽木さんたちと買い物に行きたかったな。もう少しでいいから黒崎くんのことを知りたかったな。もう少しでいいから黒崎くんに私のことを知ってもらいたかったな。
死に際に切願がふつふつと浮かび上がり、苦し紛れに息を吐く度に一緒に空へと消えていく。今まで黄色やピンクで彩られていた幸せな生活は一転して漆黒へと堕ちてしまった。物語の始まりってこういうふうに唐突に現れるものだよねえ、と思って嘲笑う。私の場合は終わり以外のなにものでもないんだけれど。
ほんと残酷だよねえ、と呟いて目を閉じた。頬を伝った一筋の涙は外気に触れてすぐに冷たくなってしまう。
「おい!大丈夫か!?」
不意に足音がしたかと思うと聞き慣れた声がした。微かに目を開けば月夜に照らされたオレンジ色が私の顔を覗き込んできていて、ああ綺麗だなあと思う。抱き上げられると腹部に激痛が走った。思わずうめき声を上げてしまう。黒崎くんはすかさずそれに謝罪した。やだなあ、貴方が謝ることなんて何にもないっていうのに。むしろ来てくれたことに感謝する。だって、こうして最期に貴方を見ることができたんだから。
いつになくセンチメンタルになりながらにっこりと笑って見せたが彼は眉間にシワを寄せるだけだった。元からキツイ目がさらに細められていて、その瞳は眼前と私の間を何度も行き来している。どこに向かっているのか皆目見当もつかなかった。今の時間帯じゃどこの病院も開いてないでしょうに。いや、開いていたとしても見えない何かに斬られましただなんて傷を縫合した後にすぐに精神科に連れていかれてしまう。一体彼は何がしたいのかなあ、と思いながら揺れるオレンジを眺めた。
「…っ死ぬなよ。」
「………、どうして?」
「どうしてもだ。」
「生きるの、には…理由が必要、だよ、黒崎くん。ねえ、どうして?」
私が苦しみに顔を歪めながらそう尋ねると彼は黙ってしまった。俺が好きだから生きてほしい、なんていう甘い言葉を期待していたんだけど、やっぱりそれは少し欲張りすぎたのかな。無言を返してきた彼に小さく笑った私は視線を逸らした。
もう意識は長く続かないだろう。いや、断とうと思えばいつだって断てる状態ではあったが、最後の最後に黒崎くんを眼に焼き付けておきたくて必死に生にすがりついていた。それも、限度を超えれば保てなくなってしまうから、私はこのままあちらに逝ってしまうんだろう。朽木さんの声が聞こえるのを何となく感じながらそう思った。
ごめん、嘘をついちゃった。焼き付けておくだけなんて綺麗事だよ。本当は黒崎くんに好きって言いたかった。黒崎くんに好きって言われたかった。だけど、だけどもう私には話す気力すら残っていないし、残っていたとしても私は言わなかったと思うし、催促することもしなかったと思う。だって、彼が好きだから。
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