あれ、なにしてるの?こんなところで。そんなところに立ってたら危ないよ。
ああ、禊先輩。奇遇ですねえ。まさかこの時間帯に屋上にひとが来るなんて思ってませんでした。
嘘はいけないぜ。君はなんでも知ってるだろ。僕のこともめだかちゃんのことも善吉ちゃんのことも…悪くすると安心院さんのことまで。だから僕がここにくることなんてお見通しだったろ?まあ、ともかくも早くそこから降りなって。
今日の禊先輩はいやに饒舌ですね。私、そんなあなた嫌いじゃないですよ。
ありがとう。降りないとフェンス揺らすぜ?
ご自由にどうぞー。あ、でも、もし私が後ろに倒れて落ちちゃったらちゃんとなかったことにしてくださいよ。痛いのは嫌いなんです、私。
残念なことに、君がいない間に僕は能力を失ったんだ。だから君が落ちて死んじゃっても僕はつつましく泣いて葬ってやることしかできないよ。ごめんね。
知ってましたよ、そんなこと。ちょっと言ってみただけです。それにしても能力を失った人間なんて本当に役立たずですよねえ。今更凡人に帰したところで普通の生活が手に入るわけでもない。ああ、悲しいですね禊先輩。
…それは自分のことを言ってるんだろ?あいにく僕は無力になっても今更不幸を嘆いたりしない。僕らにとって不幸はつきものだ。君みたいに幸せ者として生きてきた人間にはわからないかもしれないけどね。でもひとつだけ言えるとしたら、死んだところで君は無力なままだぜ。
まったくです。でも私は死にたい気分なんです。春がそうさせてるのかもしれませんねえ。こんな陽気な日は本当に恨めしく思ってしまいます。全てが憎い。めだかちゃんも善吉くんも高貴先輩ももがなちゃんもみんな、みーんなだいっきらい。
僕は?…なんて訊くのは不躾かな。でもあえて訊いておこうか。どうやら君は僕がどんなに止めようと気を変えるつもりはないらしいし。ねえ、僕のことも嫌い?
……禊先輩は、どうでもいい。なーんて、嘘ですよ。禊先輩は大好きです。愛してますよ。だから私は死にますね。残念です。存在自体が嘘っぽい、いや、嘘っぽかった禊先輩なら私を引き止めてくれるんじゃないかなあなんて淡い期待を抱いていましたけど。あなたも所詮は人間ですね。
おいおい、知ったような口をきいちゃいけないぜ。それに僕はちゃんと引き止めたぜ?降りてこいって。なんならもう一回言ってあげるよ。降りてきなよ、君の全部を受け止めてあげるから。
前置きがなかったらずいぶん格好もついたでしょうね。饒舌な禊先輩は好きですけど一言多い禊先輩は嫌いです。でも愛してるから今回はその愛に免じて禊先輩に飛び込んでいきますね。
うわあ、ずいぶん上から目線だね。めだかちゃんの性格が移ってきたんじゃない?まあ、僕はそれでもいいよ。だって僕が好きな女の子はめだかちゃんただひとりだから。
あははっ、やっぱりやーめた。死んじゃおう。ばいばいっ。
「死にたい三月」
うつらうつら近づく春は私の知っている皆を変えてしまう。ねえどこへ行ったの?なんて問い掛けても反応してくれるのは、いつも私の傍にいる嘘吐きだけだ。けれど彼も変わってしまった。やっぱり私は独りぼっちになってしまったようだ。寂しいなあ。
なーんちゃって、ビックリしました?
君が急に降ってきたことにビックリしたよ。でもまあいいさ、君のパンツ見れたし。水玉のパンツ似合ってたよ。でも僕は黒より白が好きだぜ。
禊先輩へんたーい。どうせなら禊先輩と心中すればよかったなあ。そうしたらいつまでも一緒だし私は最後に幸せになれる。
君は今も幸せ者だろ?こうやって僕に触れられているんだから。生きてなくちゃできないことだ。だから安易に死のうなんて考えるべきじゃないぜ。
あはは、そんなこと言って禊先輩は私なんか見てないくせに。どうせ引き止めるんだったらもっと甘い言葉でも吐いてくださいよ。そしたら私禊先輩にキスして幸せすぎて死にますから。
それって、どのみち死ぬじゃん。でも僕は自分の気持ちには嘘をつけないからなあ。僕がめだかちゃんを好きなことは君が僕を好きなことと同じように変えられないことなんだ。だいたい君も趣味が悪いよねえ、僕みたいなのを好きになるなんて。善吉くんぐらいを好きになればよかったのに。
ダメですよ。善吉くんにはめだかちゃんがいるもん。そしてめだかちゃんには善吉くんがいる。つまり禊先輩は残念ながら失恋です。どんまーい。
つまり君はめだかちゃんを好いている二人を並べたときに叶いそうなほうが僕だったから僕を好きになったの?だとしたら最低だぜ。
禊先輩には死んでも言われたくないですね。あなたほど最低なひとはいませんよ。でも大好きです。愛してます。
ありがとう。それじゃあそろそろ中に入ろうか。風が冷たくなってきた。
自然にも疎まれてるんですかねえ。まったく、ひとつのことに卑屈になると全てがひねくれて見えてしまっていけませんね。
自分でなに言ってんの。それに全てひねくれて見てるわけじゃないだろ?僕のこと好きなのは真っ直ぐな君の気持ちのはずだぜ。
うわっ、禊先輩恥ずかしい台詞。うえっ、気持ち悪っ。
…褒め言葉として受け取っておくよ。
死にたい三月 //「左耳にピアスを開けた日」様へ提出