暗闇のなかで適当に探し回ってやっと探し当てたころには数分経っていたと思う。それでも着信音は鳴りやまずスヌーズされていた。おいおい、ほんと誰の嫌がらせだよ。もはや呆れてきた私はディスプレイの表示画面を見てため息をついた。まあ、納得といえば納得だけど。少しは相手のことも考えようよ、祐希くん。
「もしもし、私ですよー。」
なんとなく予想はしていたけれどまさか本当に祐希からだとは思わなかった。けだるげな声で電話に出ればオレオレ詐欺ですかと真面目な声で言われたからすぐに切ってやろうかと思った。だいたい私はオレなんて一人称言ってないじゃん。またため息をつきそうになったのを堪えてから、どうかしたのかと問う。あまり携帯を使いたがらないからたまに連絡をよこしたときはなにかあるときだ。携帯使わないのは祐希に限ったことじゃあないけれど。
しばらくの間があって電話の向こうの祐希はややくぐもった声で何でもないと言う。いやいや、そんなわけないでしょう。そう思ったけれど執拗に訊ねるのはこちらとしてもあまり好かない。淡泊な返事を返したあとで私は続けるように今から行くから窓開けといてと頼んだ。私の家と祐希の家はお隣りさんなのである。そう、つまり私たちは俗にいう幼なじみというやつで。私はこの肩書きを好きになったことはあまりない。
電話をきってすぐにベランダに出ると悠太を起こさないように静かに窓を開ける祐希がいた。寝癖のせいか一瞬、悠太に見えたっていうのは黙っておこう。言ってなにになるってわけでもないし。眠たい目をこすりながらあちらへ移るとき、祐希は頼もしくも受け止めてくれたけれど重いとかぬかしやがったから控えめに背中を叩いてやった。レディーに向かってその口のききかたはなっとらんよ祐希くん。悠太を見習いなさい。
「で、どうしたの?」
「……別に。」
「ふうん。もしかして怖い夢でもみた?」
こんな時間に電話してくるくらいだし。そう続けようとしたら急に抱きしめられた。ちなみに部屋だと悠太を起こしかねないからリビングに移動して炬燵に入った直後である。珍しく隣に割り入ってきたものだからこれは本格的になにかあったんじゃないかと思ったら案の定。まさかあてずっぽうのカマが当たるとは思いもしなかったけれど。狭いスペースで抱きしめられた私はその反動に耐え切れなくて後ろに倒れた。しかも後頭部を強打である。痛い。
幼なじみの名目でこうやってやたらスキンシップされることはたくさんあった。普段からそれなりに甘えたがりの祐希がそうすることを疑問に思ったことはなかったし、煩わしく思ったこともない。もちろん口に出してそんなことを伝えた覚えもないのに祐希は高校に入ってそれをパッタリやめた。代わりに悠太におぶさる様子が多々見られるようになったけれど。悔しいとか寂しいとか、そんなお門違いな感情は取っ払う。それが正しかったはずだ。
久しぶりに祐希に抱きしめられて不謹慎にも嬉しかった。ふわふわとした感情が再びのし上がろうとしてきたのはいただけないところだけど。おまけに頭をごちんと痛打した痛みで脳の機能はほぼ停止。季節は冬なのに春に突入した思考のまま夢へと旅立とうとしている。せめてノンレム睡眠をさせてくれないか。
「消える、夢みた。」
「え?」
「みんなが消える夢。」
だからどこにもいかないで。そうとは言われなかったけれどその言葉の裏にはそんな意味がこめられているような気がした。実際に、祐希がそんな弱音を他人にやすやす吐くことはないんだけれど。それでも私には気を許してくれたような錯覚を起こしたのは、やはり完全に浮足立ってしまったこの残念な脳みそのせいであろう。普段ならそんな厚かましくむなしい自惚れなんて頼まれてもしない。あとになって悲しむのはやはり自分だけだから。
よしよしと背中をさすってやると落ち着いたのかウトウトし始めた祐希。おい、待ってくれ。寝るのはいっこうに構わないがせめてベッドに戻ってくれないか。せめて私の上から退いてくれないか。私が安眠できそうにないのだが。寝オチとか一番タチ悪いですよ祐希くん。そう語りかけるかたわらで、さりげなく祐希が言った“みんな”に私は含まれているのか訊いてみる。湧いた脳から生まれたちょっとした出来心。
「当たり前でしょ。」
大切な幼なじみだからとか大切な友達だからとでも続けるのかと思いきや、祐希の答えは私の陳腐な回答のナナメ上をとんでいく。さすがだ。大切な恋人ですからなんてわざわざ一旦顔を引いて見つめ合った状態で言われるもんだから私はとうとうキャパシティーオーバーで顔は真っ赤。幸い真っ暗だったからバレてないと思うけど。むしろバレていないことを祈る。
私はいったいいつから君の恋人になったんだいと内心嬉しがりながらもそう言ったけれど、返事はない。代わりに離れていた顔がまた私のほうに倒れてきて、やがて規則的な寝息がきこえた。…やっぱりこういうオチですか。飽き飽きしながらも幸せそうに笑っていた私は端からみればただの変態だっただろう。ほどなくして眠った私は久しぶりに熟睡した。
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