ほなってなあ、と廉造に話した理由ははたしてちゃんとした日本語になっとったんかどうか。小学生くらいのボキャブラリーじゃあとうてい説明しきれんこともあるし、だいたい虹についてそない詳しかった覚えもない。結局話は終わらんままに柔兄が迎えに来はったさかい、その話は打ち切りになったんやっけ。廉造は私の小難しい説明に飽き飽きしたように柔兄に抱き着いてもうた。まあ当たり前か。
虹が綺麗やない思たんは、たんにはかない思たからや。あんときはあんましようは知らんかったけど、虹ゆうんは太陽の光が水滴とかに屈折や反射して起こる現象や。ごく稀に見えるから綺麗や言うひともおるねんけど、私はそうは思わん。水がのうなってもうたら見えへんようになるなんて、あまりにもかわいそうや。それが理由の根底になって虹について思わず否定的になってまう。
それから数年、私と金造が中学生のころの話や。うちの中学校では夏休み中は学校の花壇に生徒が当番制で水をやらなあかんゆう面倒なことが決まりごとになっとった。普通は出席番号順に二人ずつペアになってするんやけど。
「なんで金造やねん。」
「知るか。代われゆわれたから、代わったらたまたまお前やっただけや。」
「まあ、ええわ。さっさとやって帰ろうや。」
「お前に言われんでも元からそのつもりや。」
まったく、可愛いげのないやつや。蛇口をひねった私はいっそ不慮の事故を装って金造のやつをずぶ濡れにしてやろうかと思た。そないなことしたら仕返しされるんは必須やさかい、絶対にせえへんのやけど。金造の仕返しは倍になって返ってくるし、私は女の子やゆうのにまるで手加減がのうて、やたらめったら暴力ばっかりしいまわる。そんでしまいには柔兄に怒られとるんやけど。
金造はいい加減に柔兄の爪の垢を煎じて呑むべきや。ちょっとは女の子を大切にするとかゆう概念を身につけてもらわな私が敵わん。やいのやいのと言い合いもそこそこに両端からやっていくことになった。綺麗に咲いたひまわりに水を浴びせよったら、ホースの水に反射して虹ができよった。そこで、冒頭に話したようなことを思い出す。なんや、懐かしいなあ。
一カ所にぼうっと止まっとったら若干機嫌を悪うにした金造がなにサボっとんやとずかずか歩いてきた。いつもならうるさいわとか言うて一蹴するところやけど、今はたまたま感傷に浸っとったさかいふわふわした口調で何でもあらへんと言うた。そしたら急にやけに真剣な顔付きになった金造がほんまにどないしたんやと私の腕を掴みはった。
止まらへん水がジョボジョボとホース口から流れ出て、ずうっと一カ所に注がれとる。あんまり多く水をやりすぎたら逆に枯れてまうって聞いたけどほんまかなあ。プランターに向けとったそれをジリジリに妬かれてもうたアスファルトに下ろしてから金造を見遣った。そういや久しぶりにちゃんと顔見て話する気がするわ。
「これで虹ができたんや。せやから綺麗やなあって見惚れてて。」
「なんやそれ。お前昔は綺麗やない言うとったやないか。」
「あれ、覚えとったん?」
「当たり前やろ。」
ちょっと意外や。そないな顔したら失礼やぞお前と小突かれた。痛いわ。それにしてもあないなどうでもいい一場面を覚えとったやなんて、その記憶力のよさを他につこうたらどうや。とはさすがに言わへんかった。ほなって覚えとってくれたことが思いのほか嬉しゅうて。せやけど覚えとったことを意外に思たんはどうやら金造のほうも同じやったらしい。私は金造より頭ええ自信あるさかい当たり前やないのと笑ったら自意識過剰やと逆に笑われた。
その笑顔が妙にキラキラしとるように見えてもうて、私は気を紛らわすためにアスファルトを濡らしよったホースの先を押さえてシャワーを作る。そしたら見る間に小さい虹が出来た。綺麗や。確かにはかないもんやけど綺麗や。なんで今更そない思たんかは知らんけど綺麗やねと呟いたら金造がそうやなと笑顔で言うてくれたさかい、気にせえへんことにした。相変わらず単純な性格しとるなあ、私。
「やっぱ空に出とるやつよりこっちのほうがキラキラして見えるな。」
「当たり前や。しぶきに反射して光るんやさかい。」
「うわっ、金造のくせに反射やゆう言葉知っとったんかいな。」
「お前、馬鹿にすんなや。」
軽く睨まれた後でホースの水をかけられたから仕返しをしてやる。水やりもまだ終わってないのに何してるんやろうなあとか思いながらも、二人でこないして遊ぶんも久しぶりでやめたあなくなってもうた。まあ間もなくしたら二人ともびしょ濡れになってもうて強制終了ゆうことになったんやけど。
「来年もこないなことできるかなあ。」
「…できると、ええな。」
まあ、来年になってもうたら中学生やのうなっとるし、金造は東京に行ってまうんやけど。そうお互いにわかっとったのに、そない言うたんはどうしてやろうなあ。反射して輝く虹を見とったらなんやこっちまで寂しいなってきたけど、それでも見よりたいなあ思た。虹を壊すんがいやでしばらく二人してそのままでおったら通りかかった先生に叱られてもうたけど。今日は久しぶりに手ェ繋ぐかと誘うたら頭をしばかれた。せやからすぐ殴るなや、阿呆。
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