決まってコール三回目で出る志摩くん。今回もいつもと変わらない様子で、ヘラッとだらしのない声でもしもしと言った志摩くんはまるで怪我なんてしていないような元気さだ。今すぐ会いたいんだと言うと珍しくも断られ、しつこく問いただす前に通話を切られてしまう。意味がわからない。いつもは絶対に私が嫌になるくらいに長電話するのに。だいたい私のほうから電話をかけることすら珍しいのに。
何に対してかの苛立ちと焦燥と不安が折り合って私の心中はてんやわんやだ。くそう、と原因である彼氏を恨みながら私は再び勝呂くんに電話をする。こうなったら意地でも見つけ出して、…見つけ出して何をしよう。志摩くんが病院にいるということを聞いたはいいがはたして私は彼に会って何をしようとしていたのだろうか。パタンと閉じた携帯の音がやけに大きく部屋に響いた。いつもはうるさいルームメイトはみんな帰省中だ。
抱きしめる?まさか、キャラじゃない。言ってくれなかったことに対してわんわん泣く?…気持ち悪い。じゃあ怒る?まあこれが一番私らしいけどお門違いだろう。じゃあ、ほんと、何をしたかったの。とりあえず服を着替えて靴を履いたはいいがどうも足が進まない。具体的な容態については詳しく聞かなかったけど、彼はもしかしたらミイラよろしく包帯ぐるぐる巻きだったりするのかなあ。それなら豪快にイケメンが台なしだと笑い飛ばしたあとで気持ちばかり心配をしてやろう。
くつくつと笑っていると遠くで私を呼ぶ声がした。驚いてみれば、残念ながら普段と変わらない…唯一違うとすれば私服姿である志摩くんがこちらに歩いてきている。そこで何となく悟る。これでも頭はいいほうだし、鈍感ではないと自負している。いつもは私を見つけると走ってくる彼が怪我したのは肺か肋骨だ。だから走れないのだろう。呼吸器が辛くも上手く作用しないに違いない。
普段なら彼が来るのを待つところ、私のほうから走っていくと少し嬉しそうに笑っていた。私はそんな志摩くんの笑顔が案外好きだから柄にもなく照れてしまって少し赤面する。おそらくは気づかれていないだろうけど。むしろ気づかれていないほうがいい。恥ずかしい。
志摩くんは「坊から電話あってなあ。」と誇らしげに携帯を揺らす。それにしてはずいぶんと早い到着だなあと首を傾げていると顔に質問が書かれていたのかカラカラと笑いながら彼は「もともと会いに行こう思てたんや。」と言った。私が会いたいと言ったときは断固として拒否したくせにそれはどういうことか。問いただすと彼はそれだと男として格好がつかないとかなんとか言っていた。ようはプライドの問題だろう。
他愛もない話も早々に怪我のことについて切り出すと苦い顔をする志摩くん。けれどちゃんと理由も話してくれて、症状もいつ治るかということもゆっくりと話してくれた。というか、祓魔塾生が合宿に行っていたなんて初耳だ。そう言えば当たり前だと笑われる。まあ、そうか。私は悪魔は見えるが塾に通っているわけじゃあないし。ただそれだけのことなのに、なんだか少し寂しかった。
勝呂くんや三輪くんのお見舞いも行かなきゃいけないね、と小さくこぼすと優しそうに笑った志摩くんは私の頭を撫で回しながら「せやね。」と短く返事をする。このとき彼が何を思っていたのかなんて私が汲み取れるはずもないし、そうしたいとも思わなかった。どこか物憂い感じだった、なんてとうてい理由にはならないかもしれないが、踏み入れちゃあいけないような気がしたんだ。そそくさと逃げるように私は笑いながら話を切り出す。
「じゃあ、明日にでもお菓子作るよ。みんなのために。」
「ほんまか?嬉しいわあ。きっと二人も喜んでくらはるわ。」
「そうだといいなあ。頑張って作らないと、だね。」
にっこり笑ってみせると稚児にするみたいにいい子いい子と言いながら頭を再度撫でられるものだからいい加減腹が立って、ついでに羞恥が最高潮にまで達したので私はぷんすかと膨れっ面を作りそっぽを向いてしまった。志摩くんの前だとどうにも子供っぽくなっていけないなあ。
「そんな怒らんでや。かわええなあ思てたらつい手が出てしもーたんや。」
「うまいこと言って。そんな嘘はいいですー。私は可愛くない女の子で有名なんだもん。」
「そんなことあらへんて。あ、せやけどみんなの前ではその方が助かりますわ。」
志摩くんはそう言ってニッと笑う。理由は何となく予想がついていたのだけれど、自惚れるのはどうにも恥ずかしくて一応訊ねる。するとやはり返ってきた言葉は私が想像していたものと一言一句違わないもので、そりゃあもちろん京都弁だったけど。恥ずかしさと嬉しさが込み上げてきた私は気づくと思わず彼に抱き着いていた。刹那に彼の悲鳴が上がり、怪我をしていたことを思い出す。慌ててごめんねと謝ると彼は可愛いから許すとかそんなことを言っていた。
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