しょうがないからタオルを持ってこいと言うと嬉しそうに笑うから敵わない。しかも至近距離で、だ。照れないほうがおかしいと思う。女の子と慣れ親しむことをあまり得手としない俺に彼女ができたという事実すらもまだ実感できない最中、意外にも積極的な彼女は毎日のように俺のところに泊まりに来ていた。両親には彼氏とラブラブランデブーだから心配ないよ、と言っているらしい。そんな間違った日本語、どこで覚えてきたんだろう。これには思い当たる節がなかった。
ぴょんぴょんと跳ねるように戻ってきた彼女はベッドに座って未だ悶えていた俺の腰に勢いよく飛びついてきた。堪らず後ろに倒れると彼女が俺を押し倒したような構図ができる。おかしいな、これじゃあ攻守が逆だ。俺はもっぱら受けじゃなく攻めだと思うんだけど。それというと彼女はたぶん絶対に受けだと思うんだけど。
そんな変なことを考えながら頭をお腹にすりすりとこすりつけてくる彼女を退ける。少しつまらなさそうに、さっきの気象予報を見ていたときと同じような顔をされた。台風と同等って、なんか複雑。苦笑しながらタオルをひったくった俺はさっきのように俺の足の間に座るように言った。するとたちまち彼女の機嫌は回復する。高校生になってあまりにも純粋で単純すぎる彼女は、少し眩しい気がした。
「台風当たったら学校休みで青葉と一日中ずっと一緒にいられたのに。」
「そんなこと言うなよ。台風が直撃したら被害に遭う地域だってあるんだから。それに休みでもそうじゃなくても一緒にいるだろ?」
「…うん。そうだね、ごめん。」
えへへ、と笑った彼女は両手を頬っぺたに当てて照れているようだった。乱雑に掻き回していた手を休めてきゅっと抱きしめてやると今度は嬉しそうに笑って俺にほお擦りをしてくる。彼女は本当に小動物みたいだなあと思いながら優しく口づけをすると驚いたように奇声をあげたあと、彼女の顔は瞬く間に林檎のように真っ赤になった。
はじめてキスしたけれど、まさかそんなに驚かれるなんて想像もしていなかったからこっちもビックリだ。こんなに過度なスキンシップをしてくるくらいだから、悔しいけどたぶん俺よりも前に付き合ってた人は少しくらいいたんだろうなあと思っていた。だから必然的にそういった行為は全て経験しているものだと思っていたのだけれど…。
訊ねるのはどうも嫌だったが、妙な沈黙を打破するために適当な話題はあいにく持ち合わせていない。結局訊いたのだが、どうやら俺の予想は残念ながら当たっていたらしい。知りもしない過去の相手に嫉妬なんてみっともないからバレないように素っ気なく返事を返したけど。じゃあ何でそんなにビックリするの?と言うと彼女は半乾きの頭をぶんぶんと振り回しながら俺の胸に押し当ててきた。相変わらず行動の意図が読みにくい。
「だってだって、青葉が好きだもん。」
「前の人は好きじゃなかったの?」
「ううん、好きだったよ。でも違うの、青葉は違う。」
ちらっと俺を見たあとでまた目を伏せた彼女はそれから黙り込んでしまった。てっきり愛してる、なんて言われるのかなあなんて思っていたけれど、それはさすがに自惚れすぎか。優しく頭を撫でてやるとくすぐったいようとくぐもった声が反抗するが、まんざらでもないようだったのでやめはしない。重力に任せて再び倒れ込むと彼女もろともスプリングに合わせて勢いよく跳ねた。
上向きになり窓の外に見えた空を見て、台風は逸れたものの多少なりとも荒れるかなあと考える。今にも雨が降り出しそうな月のない夜空を見て、きちんと戸締まりをしておいて越したことはないだろうと立ち上がろうとしたが彼女がいやいやと拒否して押さえ込む。理由を話してもさっき自分がしたから大丈夫だとあからさまな嘘を言うし。もう一回キスするよ?なんて脅すが早いか俺の唇は彼女によって塞がれていた。
群青色にエキゾチシズム //「小夜曲」様へ提出