志摩くんは、ずるい。そんな風に笑って言われたら私が断れないことくらいわかっているはずなのに、いつだってへらっとした顔で私に近づく。宿題を忘れたとあらば私に貸してくれと言い、教科書を忘れたとあらば机をくっつけて見せてくれと言い、可愛い子がいたら名前を知っているかと訊き、ついでにアドレスはどうだと言う。私はそんなに器用じゃないから、ただ普通に会話することも難しいのにその上ごまかすことなんてできない。だから、たぶん私のことは全部志摩くんに筒抜けだと思う。
たまたま入学したときに席が隣だっただけで仲良くなった私と彼はただの友達だ。彼は無類の女好きの助平らしいが、ちなみに自分で言っていた、私にはもはや男友達のような軽いノリで接してくる。決して私が男勝りであるというわけじゃあなく、たぶんそれなりに…一般的に女の子らしいとは思う。そうであるのにそんなふうに接してくるということは、私は所詮眼中にないというわけだ。それに気づいたのは案外最初の段階で、そのとき自分が志摩くんのことを好きだということも自覚した。
玉砕覚悟というよりも、もはや言う前からフラれることがわかっていたら告白する気にはサラサラなれない。でもやっぱり好いているという事実が変わるわけではなく、頼られるのは嬉しいし、密着するのは恥ずかしいし、知らない女の子のことを眺めている彼を見るのは悲しい。私が嘘をついてごまかせないのはそんな感情をどうにか悟られまいと必死で隠そうと努めているせいもあると思う。同時に二つのことはできない。そのかいあってか、志摩くんはおろか他の誰にも気づかれてないと思う。

その日はたぶんいつもと変わりなく終わるはずの一日だった。私が志摩くんから貰ったブレスレットをなくしたりしなければ。たしか五月の終わりのころに、似合うと思って買ってきたなんて期待させるような文句を言って私にくれたブレスレット。例えそこに他意なんかなかったとしても、私からしてみればそれはとっても大切なものだ。だからといって常時身につけていたのが馬鹿だったんだろう。どうやら体育のときに落としてしまったらしかった。阿呆すぎて笑えない。
気づいたのは昼休み。一分もおしいとご飯も食べないまま飛び出したけれどいっこうに見つかる気配はなかった。くわえて、私は見てしまったのである。志摩くんが知らない女の子とキスしているところを。たぶんそのときの私はそちらを凝視したまま固まっていたはずだ。遠くだったから向こうは私に気づいていない。むしろそうであってほしい。それからブレスレットは結局見つからず、どうやって教室に帰ったのか、どうやって寮に戻ったのかよく覚えていない。気づいたら朝が来ていて、異様なまでにお腹がすいていた。
食堂にきてみたはいいがどうにも箸が進まない。お腹の虫は必死で空腹を訴えてくるけれど、気分じゃないんだ。カチャリとお茶碗の上に箸を揃えて、もう終わりにしようと思った。ものを咀嚼しようとするたびにソレと一緒に昨日のことも理解していかなくちゃあならない気がして怖かった。わかっていたはずなのになあ、と呟いても早朝の食堂には誰もいない。ポタリ、とトレーの上に滴が落ちたのは間もなくしてからだった。

泣かないと決めていたのは、どういう理由だったのかはよく覚えていない。私が彼を好きだと自覚して刹那的に失恋したあのときから、志摩くんに関することでは泣かないと決めていたはずなのに。やっぱりキスというのは少々堪えたらしい。溢れ出した涙は止まろうとはしない。食堂のおばちゃんにばれないように声を押し殺して泣いていると、不意に私を呼ぶ声がした。タイミングは最悪だ。どうして今日に限って早起きなんだと呪いたくなった。

「えらい早いなあ…って、どしたん!?どっか痛いんか?」
「……なんでも、ないよ。」
「何もないわけあらへんやろ!そんな泣いとるんやさかい。」

やっぱり友達が泣いていたら心配するのは当たり前なのかなあ。無理矢理擦って涙を引っ込めた私は、精一杯の笑顔を向けて再度大丈夫だと言った。おそらく人様にお見せできるような顔じゃあなかったはずだけど、志摩くんはちっとも笑う様子はなくて、むしろ納得がいかないように眉をひそめていた。ありがとう、志摩くんはやっぱり優しいね。言いかけた言葉は、喉の途中で消えていった。
そそくさと片付けをして、私は食堂を去った。後ろから志摩くんが呼び止める声がしたけれどふっ切るように走り出す。再びほんのりと滲み出てきた水滴が摩擦で痛んだ箇所を濡らしてさらに痛みを増大させる。でもそんなことよりやっぱり痛んだのは心のなかで、じくじくと広がっていく哀憐は嘲笑うように心を包む。昨日の黒々とした感情はどこかに消えて、それでもやっぱりみにくい心情が蔓延していくばかりだった。

もう、これから友達としてもやっていけそうにないと思った。でも、それでも笑顔が見たいって思ったのはダメなことなのかなあ?誰に問うわけでもなく呟くと、遠くのほうで扉を開ける音がした。


咲いた花は散り急ぎ //「僕の知らない世界で」様へ提出



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