「おう、なんだ。」
「この手は一体何でしょうか。」
「うん?手は手だろ。」
昼休み。4時限目が終わって軽く伸びをしてから購買に行こうと立ち上がったら、その腕を隣に座っていた田島に掴まれた。さっきまで寝ていたくせにいつ起きたんだろう。
彼がじっと私の目を見て逸らさないものだから何か重要なことかと思ったんだけれど、訊いてみたら今みたいな返事だ。こいつがこんなに馬鹿だったなんて知らなかったや。はあと深いため息をつかずにはいられなかった。早く購買に行かないと売り切れてしまう、と私は「何でもいいから離してよ。」と言う。が、彼は何故離さなくてはいけないのかという風にキョトンと首を傾げる。くそっ、ちょっと可愛いじゃんか。
至極不思議そうに疑問符を浮かべる彼の手をどうにか離そうと引っ張ったり振ったりするが効果はない。彼は存外強く私の腕を掴んでいるみたいだった。だから、なんでだ。田島は弁当だからいいかもしれないけれど私は購買で買わなきゃお昼抜きで午後の授業を過ごさなくちゃいけなくなる。そんなの耐えられはずないだろう。だいたい空腹を知らせる虫の音がひっきりなしに鳴るに決まってる。ああ、恥ずかしい。
その旨を田島に伝えるが、それでも依然として彼は疑問がるだけであった。もう田島が何をしたいのかとか、この際どうでもいいや。お昼ご飯の確保は大袈裟に言えば私の死活に関わる。誰か手伝ってくれる人はいないだろうかと辺りを見渡した。みんな我先にと購買へ向かっていたり、持参したお弁当を広げてワイワイ談笑している。その中からある人物を見つけだす。
「いたいた。泉!たーすーけーてー!」
「は?どうしたんだよ?」
「あ、来るなよ泉!絶対ダメ!」
「あー…なるほど。」
いやいや、何がなるほどなんだこの野郎。浜ちゃんや三橋くんたちとお昼ご飯を食べはじめていた泉を呼べば何故か頷かれた。九組野球部のお兄さん的なポジションである彼なら田島をどうにかしてくれると思ったのに!
私に呼ばれて一度は席を立った彼も、何故かニッコリと生暖かい笑みを私たちに向けて座ってしまった。その微笑みの意味が私にはさっぱりわからない。頼みの綱が切れた私は仕方なく席に座りうなだれる。チラッと未だに腕を掴んでいる田島を見ると、さっきと変わらない顔つきでまだ私を見ていた。だから何か用事があるなら言えばいいのに。
「…田島はご飯食べないの?」
ふと、いつもなら泉たちと一緒にやいのやいのと騒ぎながらご飯を食べていることを思い出して問うてみた。すると田島は少しだけ考えこんだ後で意を決したみたいに、また私を真っ直ぐ見つめる。その表情にちょっとドキッとしたのは秘密である。
「俺、お前が好き。」
「………はあ?え、ちょっ、どういう脈絡でそうなったの。」
「好きだから、弁当お前と一緒に食おうと思って。」
あーなるほど、それなら理に適ってるなあ、と思った自分に待ったをかける。あれ、今、私告白されたよね?田島に好きって言われたよね?数秒、本当に少しの間遅れて彼の言葉の意味を確認した私はたちまち顔を赤くした。彼が掴んでいる腕に熱が集まるのが嫌というほど感じられる。
何て言おうか、何て言うべきなのか、不意を突かれた告白のせいで頭がひどく混乱した私は口をパクパクと無意味な開閉を繰り返す。そこに追い撃ちをかけるように彼は笑顔で「なあ、返事は?」と訊いてきた。そのキラキラとした期待に満ちた眼差しで見つめられて、あまつさえ小首を傾げられて、その行為があまりに可愛く思えた私はさらに顔を紅潮させたのだった。
消え入るような声で「じゃ、じゃあ一緒に食べようか。」と言えば、彼は白い歯を見せて嬉しそうに笑った。
月曜日12時31分 //「1年○組」様へ提出