まるで汚物を持つように指先で封筒の端をつまんで眺める彼女に開けないのかと問う。ゆっくりとこちらを見た顔は相変わらずつまらなさそうにしていた。自分のことさえもくだらないと罵倒した彼女だ、その表情がよく合っている。静かに横に揺れる髪が風によって顔に纏わり付いていた。あんまり気にしてはいないらしい。払うこともせず、否定を返すとまたすぐに紙に視線を戻した。いったい何がしたいのだろうか。呼び出されたから来てみたはいいが、たいして僕に用事はないようだ。けれど僕だってそう暇じゃない。帰るよ、と言うとまたのっそり振り向いた顔は左右に揺れた。
僕が思うにあれはラブレターだと思う。彼女は特に秀でたもののない普通の女の子であるけれど、でもだからこそそんな彼女に寄越される封筒なんてラブレターの類以外は思いつかない。漫画の読みすぎかなあ。しばらくすると眺めることに飽きた彼女はまた僕のほうにやってきて静かに座った。いつから僕の膝の上は彼女の定位置になったんだろう。別に嫌なわけじゃないけど。
「球磨川くん、質問です。」
「『ん?なんだい?』」
「これは私が開封してもいいのでしょうか?」
改めて間近で見せられた白い封筒には存外キレイな字で彼女の名前があった。わざわざ丁寧に名前まで書いているんだから彼女宛てで間違いはないだろう。頷くと彼女の表情が少しだけ晴れた。なんだ、今まで開けなかったのは自分宛てじゃなかった場合を危惧していたからか。なんて馬鹿なんだ。そう言ったところで彼女は頷くだけだと知っているから、その言葉は喉の奥にしまい込む。愛でるように艶のある髪を撫でると独特のいい香りが鼻をくすぐった。鼻につかないその香りは爽やかな夏にピッタリ、とでも表現しておこうか。色で例えるならば水色。そんな匂いだった。
丁寧に封を切った彼女は出てきたのが一枚の紙切れだったことに少し落胆したらしい。あからさまに肩を落としていた。昔から顔にはちっとも出さないくせに身振りや態度に出やすい性格をしている。そこが可愛いんだけど、なんていうことも言わない。どうしてか出そうになったため息を飲み込んで彼女を抱きすくめるようにして後ろからソレをのぞきこんだ。案の定、ラブレターだった。現代にしては手段が古すぎる、とは思ったけれど彼女は携帯を持っていないので仕方がないような気もする。でもやっぱり告うのならば直接が最善じゃないだろうか。
内容がよくわからない。そう呟きながら彼女は僕の頬に擦り寄る。すべすべとした肌はよく手入れされていて赤ちゃんのような弾力のある柔らかな感触をしていた。さながら猫のようだと思ったけれど、あまりにも的を射ているような気がしてそれも口に出すことはできなかった。親も知らないような寂しい辺境の地でひっそりとこの世を去る。彼女の今際は本当にそうなりそうで、怖かったのかもしれない。彼女から手紙を奪った僕はビリビリに破いて風に乗せて捨てた。ポイ捨てをしたなんて、めだかちゃんに見つかったら怒られそうだ。
「球磨川くん、手紙の子は私のことが好きらしいです。でも私はその子のこと全然知りません。変な話ですよね。」
「『どうしてそう思うの?』」
「だって恋慕という感情は相手のことをよく知ってから発生するものです。本に書いてありました。」
「『そっか、でもそれは間違いだぜ。もしその本の通りだとしたなら一目惚れはどうやって説明するんだい?』」
悪戯っ子のように笑って問い掛けると彼女は倦ねてしまいむう、と唸って俯く。彼女からこんな話が出るなんて思ってもみなかったなあ。いつもは僕がいくら好きだと言っても確かな返事だってしたことなかったのに。あんまりにもしつこく言うものだからめだかちゃんさえもが止めてあげたらどうだと言われたくらいだ。まあそれほど好きってことでいいんじゃないのかなあ。なんて誰に言うわけでもなくそんなことを思いながら彼女を降ろす。ふて腐れた態度には相応しくない虚ろな顔は僕を見上げて首を傾げた。
そろそろ生徒会室に行かないと誰かに何かしらの文句を言われそうだ。結局僕は何のために彼女にここに呼び出されたのかわからなかったけれど、まあ放課後の貴重な時間を彼女と過ごせたからよしとするか。僕の問い掛けの答えを待つ瞳にあえて何も返さないで手を差し延べる。不満そうながらもゆっくりと握り返された小さな手の平をしっかりと握った。屋上を出るときにまた風が吹く。さっきは冷たかった夏の風が今度はひどく生温かった。
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