手の平に転がした鉛筆は非力な私じゃあとても折れない。けれどそれを折りたいと願うわけでもないし、新たに造りたいと願うわけでもない。私が願うのは世界が終わること。人類が全部滅びちゃうとか、地球がいきなり隕石の襲来に見舞われて粉々になっちゃうとか。でも一番いいのはじわじわと。例えば誰かが毒をまく。例えば女の人を全員殺しちゃう。例えば非道な殺人鬼が一日一人殺していく。私の関与しないところでゆっくりじんわりとはびこる魔の手によって世界がなくなる姿を死ぬまでに見たいと思う。そんな野望を折原臨也に語ると世界が終わるときには君も死ぬから見届けることは無理だと指摘された。言われてみれば確かにそうだ、残念。
けれど私は諦めない。私と同じ願望を持った誰かが行動を起こすのを朝から晩までただずうっと待つ。宿主の臨也さんはそんな私を哀れな目で見るだけで何も言わなかった。彼の助手の波江さんは私に温かい紅茶を淹れてくれた。けれど私からしてみればその冷たさと優しさは同等に成り代わり掃除された床にべちゃりと落ちる。しまいにはそれを知らない臨也さんによって踏み潰されてぐっちゃぐちゃ。というのが私の希望。相容れない感情が混合してどこへたどり着くかなんて私が知ったことじゃあない。そんなことがわかるくらいなら、こんなマンションで新宿の景色を眺めながら祈ってなんかいない。折れなかった鉛筆をフローリングに転がすと臨也さんの椅子によって潰されてしまった。

ある日臨也さんに夢は何だと問い掛けたことがあった。それはまだ波江さんが来る少し前のことだったような気がする。その頃、テレビで世界では一秒に数千もの命が誕生していると言っていた。また違うテレビでは一秒に数千もの命が亡くなっていると言っていた。テレビで言うくらいだからどちらも本当なんだろうけど、それじゃああまりにも無意味な気がしてきた。産まれるぶんだけ違うどこかで無くなっているなんてプラマイゼロもいいところ。そんなんじゃあいつまで経っても人類が滅びるなんてことは起こらない。つまり私の夢は永遠に夢のままで棺桶に一緒に入るということになるのだ。無謀に感じた私は少しだけ諦めかけて、他に私と同じような人間はいないだろうかと考えた。
腐っても私だって人間だ。多少なりとも仲間意識というものがあって、絶望するなら誰かと一緒になって嘆こうと思ったのである。だから手始めに一番身近にいた臨也さんに訊ねたのである。彼は少しだけキョトンとしてから「人間から愛されること」と言った。理由を問うと継いで自分は人間をこれほどまでに愛しているのに人間から愛されないなんてあまりにも理不尽だ。どうせなら相思相愛が幸せだろう、と身振りつきで答えてくれた。確かに彼は可哀相なくらいに人間から愛されていない。それはまあ性格が性格なだけに仕方がないと片付けることもできるだろうけど。くしゃりっと私の頭を撫でた彼に「私は臨也さんのことを愛していますよ。」と言うと返事はなかった。
次に臨也さんの双子の妹に訊ねて、新羅さんにセルティさんに静雄さんにトムさんに京平さんに狩沢さんに遊馬崎さんに渡草さんにサイモンさんに正臣さんに杏里さんに帝人さんに、もっともっとたくさんの知り合いに訊ねたけれど私と同じ願望の人はいなかった。一風変わった答えもあれば月並みなものもあって、それはそれでとても興味深かったけれど共感する気にはさらさらなれなかった。どうしてって、みんなして幸せすぎる願いばっかりだったからだ。内容はどうであれ誰しも願うのは自分のためについて。そんなことが出来るのはまだまだ幸せなのである。私はいつからかできなくなってしまった。確か臨也さんの家にやって来る少し前だった気がする。

無謀な夢はやはり一人で抱えて生きていかなくちゃあならなくなった。漠然と世界を知ることに憧れていた学生時代は疾うに過ぎ、いつの間にか私は社会人の中に溶け込んでしまったけれどまだ見ぬ世界は今も成長を続けている。やはり勝てる気がしなかった。そうして私はリッパーナイトの翌日だったか自殺を謀った。どうせ死ぬなら綺麗なものを見ながら死にたいと普通なことを考えて飛び降り自殺を選択。仰向けに落ちれば夜空を見ながら逝くことができるのだ。その日はようやく満天の星が輝く自殺日和だった。けれど落ちたはいいが、どうやら計画は臨也さんにばれていたらしく地面に着く前にセルティさんによって受け止められた。少しだけ悔しかった。
そうして生かされた命は結局あれから変わることなく決して生きている内には訪れない世界の滅亡を夢見ている。その隣で臨也さんは変わらずパソコンや携帯を忙しく操作していて、波江さんは変わらず私に温かい紅茶を与えてくれた。死に損なった私は第二の人生を歩み出すわけでもなく、けれど以前のように強く願望するわけもなくなった。結末が見える小説は面白くないと言うけれどそれは人生においても例外ではないらしく、無理だとわかったらすっかり諦めている自分がいた。けれど何も目標がないと生きる意味が見いだせない。臨也さんに助けられたあの日、私はそう泣いたと思う。彼に涙を見せたのはあれっきりだ。
そんな私に彼は「俺がしてあげるよ。」と言った。俺が君の夢を叶えてあげるから君は俺の夢を叶えてくれてればいい、と。つまりは私が臨也さんを愛している限り彼は世界を壊すために努めるというわけだ。無意味に願っていた日々とは違う毎日が、誰かが叶えてくれるのを待つ日々になり、誰かのために生きる日々へ変わる。自分一人で目指していたぼんやりとしていた崩壊がより鮮明になったような気がして少しだけ笑った。実際に彼が世界を壊すことなんてありえないと、人間を愛している彼がそれを根絶やしにすることなんてありえないとわかっていたのに。私の中に生まれた臨也さんへの愛情はいつの間にか夢への執着よりも大きくなっていた。

結局私も彼も世界の皆も夢を見る愚かな人間ということで。


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