かいころしゅうねん

 ゴールデンウィークだ!
 ……と、喜べる俺はもういない。
 社会人になって早数年。
 世間の休みに出勤する生活にも慣れてなんの感情も湧きやしない。

 ……いや嘘。
 めっちゃ羨ましい。
 幸いブラック企業じゃないし、普通に休みはあるけど。

「先輩、おはようございます!」
「あ、お早う……」

 お隣さんが顔見知りの現役学生だと滅茶苦茶休日出勤感あって鬱になる。

「休みなのに早起きだね。散歩?」
「あはは、学校の時間には目が覚めちゃって……。ええまぁ、コンビニまでですけど」

 ラフな格好で朝から爽やかな青年に若さを感じる俺。
 真面目だなぁ。
 俺なんて学校ある日でも起きるのしんどかったよ。
 目が覚めたところで二度寝必至だったよ。

「先輩は今日も仕事ですよね。行ってらっしゃい」

 爽やかなお見送りに、いつかは専業主婦の可愛くて優しい嫁を捕まえてお見送りしてもらいたいな。
 いや、仕事のできるキャリアウーマンに見初められて主夫も悪くない。
 駄目だ、俺は家事ができないからヒモになってしまう。
 そんな事を許してもらえる程俺の顔面偏差値が高くないことは自覚しているからやっぱ…。

 なんて。
 後輩君には悪いがそんな思考に脱線してしまった。

 歳はそれなりに離れていて学校も被らなかったから先輩後輩って呼び合うのもちょっと変な感じだけど、後輩君が小学生の時引っ越して来て以来この呼び方が定着している。
 当時、小学生からしたらうちに来ていた後輩の「先輩」呼びが大人っぽくて憧れだったようだ。
 そんな小学生も今や出会った時の俺の歳。
 母校の後輩だし、なんなら同じ部活らしいし、本当に後輩になってしまった。

 思春期ですら「趣味に夢中だ」と言って色気のない後輩君だが、見た目は平凡を絵に描いたような俺と違ってイケメン。
 俺と違ってメシウマで気も使える。
 中身まで良い奴とくれば周りの女子が黙っちゃいないだろう勿体ない。
 俺も嫁探しを急がないと授業の成績どころか、結婚まで追い抜かれてしまう。

 ま、彼は彼で弟みたいな存在なのでデカくなった今でもお見送りしてくれる様は可愛いもんだけどな。

 だからっていつまでも野郎に癒やしを求めてるわけにも行くまい。

「んじゃ、行ってくるわ」
「あ、先輩、鞄からパスケース落ちかけてるじゃないですか」
「えっ、うわありがと」

 オカン並みの目敏さでオカンより丁寧に鞄のチャックを閉めてくれる後輩君。

 全く俺というやつは。
 兄貴分面するにはしまらないなぁ。


 ……………………
 …………


 先輩は行ったかな。
 今日は鍵を締め忘れなかった様だ。
 残念、私物を拝借するのも布団の匂いを嗅ぐのもお預けか。

 ……まぁ合鍵作ってあるからいつでも入れんだけど。

 先輩の後ろ姿が見えなくなるまで手を振った直後、視線を正面に向けたまま片手で先輩んちのドアノブを確認する。
 流石に一度だけのことだが、以前寝坊して鍵をかけ忘れて出ていった事があった。
 あの時は合鍵作れて、部屋ん中あさり放題で、ついでに先輩の部屋で新婚気分でお出迎えたら部屋番してくれたと勘違いさせられて感謝してもらった。

 その後は寝坊しても戸締まりは気にかけてるみたいで玄関が開いていたことはない。
 …ベランダ側の窓は開いてた事が何度かあるけど。

 さて、それはそれとして。
 今日は盗聴器を新しく鞄に入れ直したし、部屋のカメラはまだちゃんと配置されたままだし、大人しく本当にコンビニへ行こうかな。
 適当な菓子でも買って先輩フォルダの整理でもしよう。

 本当は会社まで付いて行きたいけど、ストーキングがバレるリスクが上がるからあまり無茶はできないもんね。

 先輩と出会ったのは僕が小学生の頃。
 引っ越してきたマンションの隣の部屋が先輩だった。
 当時は流石に下心なんてなくて、優しくて明るいお兄ちゃんとしか思ってなかったんだけど、案外抜けてるところとか、だけど頼りになるところとか、惚れるまでに時間はかからなかった。
 先輩の家に遊びに来ていた先輩の部活の後輩が羨ましくて、お兄ちゃん呼びから先輩呼びになって、なんだかんだでタイミングを失い未だに本人を前にして名前を呼べたことはない。

 でも良かった。
 本人の顔を見た上で名前を呼んで正気でいられる自信なんてないから。

「はぁ……」

 どんなに思いを募らせて据え膳を食わずに信頼を築いてきても前途は多難だ。
 相手は僕のことなんか眼中にないし。

 きっと今日も帰ってきたら愚痴りながら缶ビールを飲むんだろう。
 繁忙期や連休の日は必ずそうだ。
 僕が遊びに行くと気を使って飲めないみたいだからしばらくは遊びにはいけない。

「…」

 なら食材の買い出しに行くか。

 差し入れだけしよう。
 彼の好きな濃いめの味付け。
 いつか薬を混ぜてもバレないような。

 …いつか、ね。

 早く大人になって、彼を養えるようになって、閉じ込めるんだ。
 誰にも渡さないように。
 閉じ込めてることに彼すら気付かないような見えない檻で囲い込んで僕に一番の笑みを向けてもらうんだ。

 考えるだけで心が躍る。

「あー退屈」

 先輩にとって苦痛の日。
 僕にとって退屈な日。

 いつか二人で過ごせる幸せな時間に変えるんだ。

 まだ始まったばかりのゴールデンウィークの朝に悪態をついて、僕はスーパーに向かった。


 end 

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