ポッキーライフ
「ほっそ!お前、ちゃんと飯食ってんのか?」
屋上での休み時間。
奴と初めて出会った時の、初めての言葉はそれだった。
「食ってんじゃん。ほら」
今は昼休み。
早い話が昼食の時間だ。
そしてリアルタイムで食物を口に運んでいる奴に、そんなことを聞くとか。
面倒なのに絡まれたな。と思いつつ、俺は目の前に立っている相手にも見えやすいように、手に持っていた箱を掲げて見せた。
「いや、それを飯とは呼ばねぇよ」
最初の威勢から一気に困惑声になる相手。
俺の手にはポッキーとその箱。
今日は発酵バター味。
「なんか文句ある?」
明らかに白米やら惣菜やらの詰まった弁当や、或いはサンドイッチやあんパンと言ったパン類とか。
そう言った飯らしい飯の痕跡の無い俺の回りを確認した奴が、もう一段階困惑した顔をこちらに向ける。
いやいや。
チョココーティングだからあれかも知んないが、芯はプレッツェルだ。
お前が思ってるよりちゃんと腹に溜まるぞ?
味だって日替わりだし。
まぁ偏食である自覚はしているから、こうやって誰もいない場所に来てかじっているわけだけど。
「偏食ってレベルじゃねぇよ」
面倒だな。と思いつつ説明してやっても、相手は納得の様子は無かった。
人の食生活なんかどうでも良いだろ。
お前より発育良いんだからチビは黙ってろ。
とかは思ったけど黙っておいた。
代々長身の家系である俺の身長は無駄に高いが、しゃがんで見上げてるからだけでなく、目の前の奴も俺程じゃないが身長は有るだろう。
それに、俺は細い。
不健康故ではなく、これも体質なのだが、何かしらスポーツをやっていそうながっしりした体型の奴を前にしては、何を言っても無駄そうだった。
一応俺、周りから不良って言われる人種なんだけど、腕に自信有れば怖くないのかな。
単純に噂を知らないだけかも知んないけど。
誰にでもこんな塩対応をしていたら、生意気だとかなんとか言われて喧嘩を売られるようになったって話だ。
それでも売られた喧嘩は全部買い取って思い知らせてやってんだから、この食生活でもスタミナだって問題ない。
となれば好きなもんだけ食っていて何が悪い。
「いや、お前は損をしている。こんなに世の中旨いもんが溢れているのに、それを知らないなんて損をしている」
「は?」
何やら説教が始まった。
喧嘩趣味じゃないが、これなら生意気だとか言って殴りかかられた方が分かりやすい。
今までで一番面倒な奴に絡まれたと思った。
「しょうがない。俺の飯を分けてやる」
「いや要らん」
何がしょうがないのか何も納得ができないまま話を進められていく俺の方が困惑である。
「む?確かに一人前しかないが…」
「遠慮じゃねぇよ」
変なところを心配しだした奴に間髪入れず突っ込む。
お前の食い扶持なんか心配してねぇから。
最後のポッキーを口にくわえ、いつもなら時間ギリギリまで屋上に居るところを切り上げた俺は、わけのわからない闖入者の肩を退かしこの場を去った。
無理矢理止められるかとも思ったが、案外相手は呆然とするばかりでそんなことはなかった。
次の日。
あんなのは一時の迷いだろう。と高を括って屋上でポッキーをかじっていた俺は、折角のブルーベリー味を落としそうになった。
何故目の前にデジャブな光景がある?
「よお」
めちゃくちゃ笑顔を太陽に照らされている奴が、こちらに向けて話しかけてくる。
めんどくさいったらない。
「今日は重箱に作ってきたぞ!だから遠慮なく食え!」
「…」
あれ?俺、遠慮じゃないと言わなかったか?
つーか二人前って量でも無いんじゃないか?そのサイズ。
と困惑する俺を前にドン!と重箱を置いて自分の弁当を広げ出す相手。
お節ではない飯の詰まった重が、逃げ遅れた俺の前に並べられていく。
どんだけ張り切ったのか、色とりどりの惣菜が並ぶ重の内、半分を飯が占めている重を俺に渡してくる奴。
もうひとつある飯の詰まった重は自分の分らしい。
「これ…」
「俺が作った。いやぁ楽しかった!」
「さいでっか」
勢いのままに渡された重を掴んでしまった俺は、無意識に呆れたような声が出た。
受け取ってしまったのを叩き付ける趣味はない。
それに、良い匂いはする。
野菜は苦手だし肉を噛むのはめんどくさい。
そして単純に菓子が好きだ。
特にポッキー。
味の種類も多いから別に飽きないし。
だが全く食えないわけではない。
「…」
折角、折角作ってきてしまったのだ。
たまにはこーゆーもんも食っても良いか。
わくわくそわそわした視線を感じながら、俺は重箱に似合わないハンバーグを口に運ぶ。
「…」
案外うめぇじゃねぇか。
口には出さなかったが、目の前の顔は満足げだった。
「なんだ、よく食えるじゃん」
俺が自分の分と共有部分らしきおかずをあらかた食い終わる頃。
意外そうな口ぶりで奴はそう呟いた。
「うまけりゃ何でもいいんだよ」
箸を動かしながら俺は素っ気なく答える。
今回が必要に腹が減っているわけではない。
ポッキー一箱との満腹度に違いを感じるわけでもない。
寧ろ俺には空腹という感覚や満腹と言う満足感がない。
だから好きなものを好きなだけ食べられれば、内容はなんだって構わないのだ。
「そうか、旨いか!」
それなりに手間もかかったろうに何でもいい、と答えたから気分を悪くしたかと思ったが、相手は寧ろ嬉しそうにしていた。
何でもない言葉でも勝手に劣等感を感じて喧嘩を売ってくる奴が多かったのに。
こいつは随分とポジティブだ。
「また作ってきても良いか?」
弁当がなくなり、食べ掛けのポッキーに再び手をつけ始めた俺にそんなことを言って来るから、「勝手にすれば?」とだけ答えた。
有れば食うし無ければ食わない。
それだけだ。
「ほら」
「ん?むぐっ。棒状の菓子を人の口に突っ込むとか、危ないなぁ」
まぁでも、ポッキー一本くらいは分けてやる。
…………
……………………
「明日も来んのか?」
「うん」
そんな出会いからも、そろそろ一ヶ月。
屋上は寒くなったからと空き教室に移動した今も、こいつは弁当を持ち込んでいた。
毎日重箱を引きずりやって来るこいつが休んだのは、俺が何も言わず昼食の場所を変えた日くらい。
生活に支障はないが、何となく物足りないのと、明らかに一人前ではない重箱の始末をどうしたのかが何となく申し訳なくなって、次の日の昼休みに屋上前で待っていてやって今に至る。
因みに飯は食いきれなかったから夜食にも当てたのだとか。
そう言いながら懲りずに重箱を抱えていたときには少し呆れた。
空き教室に移動してから、毎度毎度重箱を持ってくる理由は俺の飯が足りてないからだと言う誤解が判明して、今は量が人並みの二人分の弁当箱に変わったりはしている。
あくまでも俺は空腹如何ではなく、有れば有るだけ食えるのだ。
持ってくる飯を食うのは、俺の味覚に合っているからなだけで栄養失調故ではない。
こいつだっていくら料理趣味だと言っても、毎日重箱にフルコースはキツいだろう。
無理が祟って休まれるよりも、小出しにされた方が俺の楽しみが尽きずに済む。
「最初に会った日、あれって何入ってたの?」
一度も同じおかずが出てこない。と言うわけでもないが、味を変えたり日を開けたり。
うまい具合にやりくりしてくるこいつの弁当は、今のところ俺を飽きさせることが無かった。
で、ちょっと気になったから聞いたのが、俺が知らない弁当のこと。
何かリクエストは?と問われたものの、料理に疎い俺のリクエスト代わりのものだった。
「へ?あ、あれは…」
そしたら思ったのと違う反応が返ってきた。
覚えてないか、何々だってあっさり返されるかだと思ったが、覚えていそうで言い淀んでいるような感じ。
こいつのことだから、人様にも食わせようとした飯が失敗していた、とかじゃないだろう。
「あれな、キャラ弁なんだわ。初めて作って、上手くは出来たんだけど、教室で開けんのは恥ずかしくなって…」
「…」
それでヒト気の無さそうな屋上に来たら俺がいたってわけだそうだ。
「見てみたい」
普段の弁当でさえ彩りの考えられた綺麗な出来なのだ。
キャラクターがわかる自信はないが、見てみたい。
「手間かかるし…」
明後日を見ながらそんな拒否をする相手。
俺でもわかる手のかかったおかずを定期的に入れといて何を言うんだか。
つーか顔赤い時点で見せんの恥ずかしいだけだろ。
別にお前の趣味笑うこたねぇよ。
「めんどいならキャラ弁の次の日くらい休めば?それでプラマイゼロだろ」
「え、来なくて良いってこと?」
「は?何言ってんの?毎回毎回手作りする必要は無いって話に決まってんじゃん」
休んでもいいと言っただけで勝手に自分が来ることまで休もうとしてるとか意味わかんね。
しかも自分から言っといてシュンとしてるとか。
「え?来ていいのか!」
「当たり前じゃん。ポッキー、半分くらいなら分けてやる」
「…俺はそれじゃ足りないかな」
一喜一憂するのが目に見えてわかるこいつは面白い。
明後日は二箱くらい持ってきてやるか。
こいつが来ることを嫌がっていない意思表示にハート型してるやつでも持ってくるか。
それより少しでも長く楽しめる極細ポッキーの方が良いか?
なんて人様のために味を選ぶ日が来ようとは。
「ま、取り敢えず。今日はこれな。一番お前っぽい」
「え、それどういう意味?」
「自分で考えろ」
飽きることないいつもの味な。
end
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