確信犯

紙袋を胸に抱えて、ヒサナはお香と二人閻魔殿内の法廷へ続く道を行く。
今は休廷中なので疎らに獄卒とすれ違うのみで、亡者の通るその道は普段を思えば静かな方であった。

「なんか、不思議な匂いがしませんかお香さん」
「…そうかしら?」

普段この中で過ごしているヒサナにとって、僅かな空気の変化に違和感を覚えた。
すんと鼻を鳴らしたお香は特にかわりないと首をかしげるが、外から来たのではあまり感じないのだろうか。
甘い香りに酔いそうな、然程強くは無いのに確かな存在感にヒサナは辺りを見回した。

「あ、鬼灯様だわ」
「えっ」

法廷から黒い人影が出てくる。
しかし黒いのは鬼灯一人だけではなく、その隣にもう一人。
短く整えられた金色の髪を揺らしながら歩くその女性は、大きな瞳でこちらを見ていた。

「ヒサナ、お香さん」

隣の女性と話していた鬼灯が、ヒサナ達に気付き声をあげる。
ヒサナは珍しい光景に何を言うでもなく、ただ歩を進めた。

「お帰りなさい。すみませんお香さんありがとうございました」
「いいえ。これくらいなんてことないわ」
「良いのがありましたか」
「鬼灯様の好みはバッチリなんじゃないかしら?」
「お…お香さんっ」

笑って口にされたお香の言葉に、ヒサナは瞬時に現実に引き戻された。
慌てふためいて取り繕うとする傍ら、袋を抱えるヒサナの腕に力が籠ったのを鬼灯は見逃さない。
腕を伸ばし紙袋を取り上げれば、ヒサナが困ったような顔をした。

「あぁ、成程」
「は…っ返してくださいよ!」
「別に隠すものでもないでしょう」

落ち着かない様子のヒサナがみるみる猫背になる。
その様を見て、鬼灯は瞬時に納得がいった。

「やっぱりある方なんですねヒサナ…」
「しみじみ言わないで黙って…!」

じろじろと胸元を鬼灯に凝視され、たまらずヒサナはお香の背にそろそろと隠れた。

数着、取り敢えずあれば支障ない分だけ何着か下着を購入した。
お香と二人で品を見ていれば、店員にサイズを計りましょうと言われたのを全力で断り、なんとか見立てて選び出した。
サイズなんか計ったら、色々服で隠してるものを見られてしまう。
遠分大浴場もお預けかと落胆しながら、ようやっと買い物を済ませて帯をしめてみれば、鏡に映った姿は着付けのタブーである体のラインが出てしまっていたのである。
慌てふためいて何とかお香に手伝ってもらいながら布を仕込んで体型を整えるが、普段より胸が強調されてしまったのは否めなかった。
なんとかならないのかと相談したが、どうやらそれは難しいらしい。

「…やっぱりさらしでいいです」
「さっきも言ったけど、それはあまりお勧めできないわ」
「でも…」
「せっかくいいもの持ってるんだから、崩れちゃうわよ」
「いらない…」

ブラを身につけるということは胸の形を整えるというわけで、普段とこうも変わるものなのかとヒサナは未だ普段と異なる自分の有り様に落ち着けずにいた。

「そうよ、もっとしゃんと胸を張って堂々となさいな」

何処かで聞き覚えのある声に、この場にもう一人居たことを思い出す。
見れば鬼灯の隣の女性が、品定めするようにヒサナの足先から頭の先までゆっくりと視線を流していた。

「あの…?」
「あら、初対面なのにごめんなさいね」
「ヒサナは初対面ではありませんよ。知っているでしょうヒサナ」
「多分…?」

鬼灯に問われ、初めは見知らぬ女性かと思っていた彼女を間近で見た容姿と声に覚えがあった。
確かに二人は初対面なのだが、鬼灯の中に居たヒサナにとっては初対面ではない。
金髪でパッチりとした睫毛に大きな瞳、スタイル抜群で妖艶な異国の女性。
朧気になりつつある鬼灯の記憶をたどり、その女性の名を探り当てた。

「レディリリス」
「はぁい、ハジメマシテ」

にっこりと微笑んだ彼女が眩しくて、実物は初めてだとヒサナもつられて笑顔になる。
リリスはそんなヒサナの前に歩み寄ると、両肩をつかんでぐっと肩甲骨を開かせた。

「わっ」
「もっと胸はって姿勢をただして。顎は引いて、うんいいわ」

あれよあれよと姿勢を矯正され、されるがままだったヒサナはあっけにとられるが、リリスは満足そうに笑った。

「普通にしてる方が素敵よ貴女」

見目麗しいリリスに言われると、何時にも増して小恥ずかしい。
ヒサナが照れ隠しのために顔を背ければ、大きな瞳をしばたたかせたリリスがするりと指先をヒサナの首筋に走らせた。

「ひっ!?」
「あぁ、驚かせてごめんなさいね。首をどうしたのかと思って」

すっかり忘れていた。
思い出した様に首に手を当てれば、鬼灯がまた面白そうに口出しせずに成り行きを見守っている。
悪趣味だと、じろりとこの包帯の理由である張本人の鬼を睨み、ヒサナはリリスへと視線を戻した。

「猫に噛まれたんです」
「あらそう…」

首をかしげたままヒサナの包帯を凝視していたリリスが顔を寄せ、すんと一嗅ぎする。
考え込むように顎に手を当てたのち、リリスは横に立つ鬼灯を眺めたかと思えば改めてヒサナに笑いかけた。

「ずいぶん大きな猫もいたものねぇ」
「いえ首に届いたのは、私が抱えてたからですよ?」

二人のやり取りにお香が可笑しそうに笑みをもらした。
どうしたのかとお香を確認しようとして、ヒサナはその視界の隅での出来事に慌てて視線をリリスへと戻し我が目を疑った。

リリスが、鬼灯の腕に抱きついたのだ。

女性にベタベタされるのは別に嫌ではないので構わない、という彼の性格を知ってはいるが、実の彼女を目の前にしても気を許して見せるだろうか。
現に鬼灯は、リリスに対して何も言いはしなかった。

「では、私はこれからリリスさんを空港まで送ってきますので」
「そうですか。お仕事大変ですねぇ行ってらっしゃい」

そうだ、仕事なのだ。
先方に失礼があってはいけないのだから仕方がないではないかと思い至るが、なんて素っ気ない返事が出たのかとヒサナは口をつぐんだ。
しかし鬼灯はそんな彼女の様子を特に気に止める様子もなく、失礼とお香にも軽く挨拶をするとヒサナに紙袋を返して行ってしまった。
二人とすれ違うと、この通路でも感じた物と同じ甘ったるい香りが漂う。
成程、あれはリリスの物かとヒサナは納得した。


「大丈夫?ヒサナちゃん」
「何がですか」

顔だけを横に向け、二人をじっと見つめていれば、お香が困ったように笑うのでヒサナは何がだと首をかしげる。

「だってお買い物の時に鬼灯様を見送った様子と、ヒサナちゃん全然違うんだもの」
「そんな事ありませんよ」

顔を指差され、そんなに違うだろうかと頬に手を添えるが自分ではわからない。
晴れ晴れとしない気持ちを抱いたまま、ヒサナは黒い二つの背中を笑みとは異なる理由で細められた瞳で凝視し続けていた。




「あの子がさっきのお話の鬼火ちゃんね」

鬼灯と腕を組んだまま、リリスが彼を見上げる。
鬼灯は頷いて同意した。

「精気も満たされてるし、中国神獣さんの言う通り問題無さそうよ。勿論、鬼灯様にも異常は感じられないわ」
「そうですか…ありがとうございます。貴女と同じ様な捕食手段になったので、来日されたと聞いて助かりましたリリスさん」
「これくらいでお役に立てるなら。代わりに買い物にも付き合ってもらったし、こちらこそ楽しかったわ」

先刻の電話の相手は閻魔大王で、EU地獄からリリスが急遽訪れ鬼灯の同行を希望して聞かないと困り果てた様子だった。
ヒサナとの買い物を前に初めは気乗りしなかったが、リリスと聞いて丁度良いと改めた。
条件を飲む代わりに、こちらにも一つ頼みがあるとヒサナの事を話せば、リリスは面白そうに引き受けてくれた。

「還れなくなったのは、あの子が鬼灯様の好意を拒絶するからだと言ってたわね」
「そうです。おそらく許容限界が来たのではないかと」
「そうかしら?」

買い物の道中受けた経緯を思い返し、リリスは鬼灯の腕に頭を預けるように首をかしげる。

「それだったらああいう子は、自分の糧に含まれた原因のわからない異物を死ぬまで摂取し続けると思うわよ」
「…と、言いますと?」
「生きる為に必要なものを切り捨てるなんて相当よ。訳も分からない内に拒絶反応なんて出ないわ。彼女も自分の抱いている想いを理解して自覚したからこそ、鬼灯様からの不純物が好意だと認識できて排除したんじゃないかしら」

確かにそれも時期的に一致すると、鬼灯は納得する。
ヒサナが鬼灯の気持ちを受け止める前は、食欲不良を起こそうとも還れていたのだから。

「ヒサナが自覚してくれているのは、喜ばしい限りですよ」

そのせいで還れなくなったのだとしても。
好いた女に想われて、嬉しくない雄が居るだろうか。
リリスは柔らかくなった鬼灯の雰囲気を珍しそうに眺めていた。

「…と、リリスさん。申し訳ありませんがそろそろ腕を離して頂けませんか。一応婚約者が居る身ですので」
「あら!彼女の目の前で指摘しないからどうしたのかと思ったんだけど、あざといわねぇ鬼灯様も」

指摘され、すんなりとリリスは鬼灯から身を離し、何事もなかったかのように普通に横に並び歩く。
鬼灯は己の腕を掲げ見て、ヒサナの様子を思い出して僅かに瞼をふせた。

「望み通りの反応が頂けて、十分です」

20150320

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