残り火

「うわぁひっど…」
「お前にだけは言われたくありません」

噎せ返りそうな程の情事後の空気に、白澤はおえっと舌を出す。
換気されているとはいえ、鬼灯に通された私室の空気はまだ酷いものだった。

「え…何回?」
「さぁ?数えてません」
「数えられないほど?うわーヒサナちゃんお前に付き合ったの?かわいそー…」
「ヒサナも承諾してましたよ」

二回目からはどうだかわからないが、という言葉は胸の中にしまっておいた。
鬼灯は部屋の中を進み、寝台の中央で大きく膨らんでる布団の横に腰掛け、腕を組む。
白澤は近くの椅子を手繰り寄せ、適当に座った。

「で、容態は?」
「高いです。普段よりも」
「鬼火の平熱なんかわからないからなぁ」

白澤はヒサナがぐったりとしていた様子を最後に見たきりだが、丸まる布団の中にいるであろう彼女を見やる。
鬼灯達を見送った後、暇を持て余し、提案した手前何かあっても困るので閻魔殿をぶらぶらして待機していたら、案の定鬼灯から電話がかかってきた。

ヒサナが高熱を出したので見てほしいと。

急いで戻ったが、確かに神眼でも酷く熱いのは伺える。
怨念を供給できた事で燃焼している発熱もあるかもしれないが、普段よりも高いとなれば話は別だ。
しかし鬼火の基礎体温なんて把握していないと、首を捻った。

「お前に犯されたのがショックだったんじゃないの」
「それは有り得ませんね。仕事しろ白豚」
「うるさいなぁわかったよもう。…多分、拒絶反応だろうねぇ」

想定はしていたが。
房中術といえど、胎内に送る気の中の不純物を取り除くのは至難の技。
ヒサナは怨気に含まれる愛欲に拒絶反応を示したが、その愛欲を含んだ怨気しか鬼灯は与える事が出来ない。
生かす為にこの術しか手段はなかったが、強制的に怨念を渡せると同時に体調不良の根源も結局喰らう事になってしまった訳だ。

「牛乳飲みなれてないとお腹壊す感じだといいんだけどね。馴染めばいいけど、毎回これだとヒサナちゃんしんどいだろうに」
「毎回?」

なんの事だと鬼灯が怪訝に問えば、白澤は当然とでも言うようにきょとんとした顔をした。

「還れないなら、供給手段これしか方法無いじゃん」
「やはり、腹を満たしても還れませんか」
「ん?いやいや、え?だってお前、ヒサナちゃんがここで寝てるって事は、抱いてる時キスしても還れなかったって事だろ?してないなら話は別だけど」
「…あぁ、成る程。還れてませんね」

おそらく体調不良の根源である愛欲を摂取しない為だろう、その為防衛本能で鬼灯の体内に還れなくなったヒサナ。
満たしてからも何度ヒサナの唇を貪ったかわからないが、最中幾度も口付けている。
情事後、ヒサナが眠ってしまった後も確かに触れた。
それでも、還れていない。
やはり無理なのかと考えながら、彼女の柔らかな感触を思いだし、無意識にぺろりと唇を舐めとった。

「あーいいなぁ!今度僕と寝てくれないかなっ」
「殺すぞ猥褻物」
「決めるのはヒサナちゃんだろ。お前の意見は聞いてねーよ」
「お前の欲求は尚更聞いてない」

ケチだとかお前ばっかり狡いだとか騒ぐ白澤を、幾度潰そうと思ったことか。
しかし助けて貰った手前今回限り大目も大目、特盛り大目に見てやろうと、入り口の横に立て掛けてある、今は使う予定のない金棒に目をやった。

「…慣れればいいんですがね。ヒサナに、リリスさんの真似事をさせろと言うわけですか」
「誰のでも良い訳じゃないし、精気を吸ってる訳でもないから彼女達とはちょっと違うけど…まぁ、そんな感じだな」

還れないんだから。

白澤の言葉に、隣で丸まる布団に鬼灯はそっと手を置いた。
中で未だ眠る彼女には、満たす為とはいえ無理を強いてしまったが、拒絶をしている愛欲もかなり与えてしまった事になる。

「一応還る方法があるのか考えてみるけど、あてにするなよ」
「ありがとうございます」
「あんまり熱が高いようなら解熱剤出すけど、平熱わからないんじゃ意味ないからな…寝てれば落ち着くんじゃないかな。その為の発熱だと思うし、とりあえず今は避妊薬とか出しとこうか」

術の性質上生なのだからと色々考えて、白澤は舌打ちをする。
本当に羨ましい。
堂々と大義名分を掲げて好きな女を抱けるなんて、どんな好機だと。
面白くなさそうに足をぶらぶらさせ、鬼灯をじと目で睨んだ。

「で、どうなんだよ」
「はい?」
「お前はハッスルして、具合はどうなんだよ?」
「お陰様で。問題ありません」

あれだけ苦しかった、何かに呑まれそうな感覚も胸の痛みも何も感じない。
魔法とかそういった派手なものではないが、確かに術として機能したのだと実感できた。
そんな一人出すものだしてスッキリした様子の鬼神に、白澤は尚更腹が立つ。
何が悲しくて他人の、しかも大嫌いな奴の性事情の片鱗を感じなければならないのか。
あぁそうと椅子から立ち上がり、気怠げに首を回して鳴らす。
早く帰って店閉めて、可愛い女の子に会いに衆合地獄にでも遊びにいこう。
避妊薬の配達は桃タローにでも頼めばいい。
そんな今後の計画をたてながら、ふと立ち止まり白澤は振り返った。

「そういえば、ヒサナちゃんどうだった?」
「ヒサナも気が整ったようで、顔色も戻って問題は…」
「そうじゃなくて」

それは勿論だけど、違うと白澤は首を振る。
彼女が元気になったかも気になるが、聞きたいのはもっと別の事。

「ヒサナちゃんは、どうだったんだよ」

白澤の含んだ言い方にハッキリ言えと眉間に皺を寄せたが、言わんとしている事に思い当たった鬼灯は、あぁと軽く頷いて見せた。

「抱き潰したい程でした」
「潰してんじゃん既に」
「ですから、良い具合でしたよ」

どや顔の鬼灯に悔しそうに白澤は舌打ちするが、再び椅子に座り直すと胸の前に手で器を作った。

「え、こっちは?」
「普通…よりはある方なんですかね、大きくはありませんが。柔らかかったですよ」
「包まれたい方かーっ」
「あんまり聞かないでくれませんか。まぁ白澤さんは生涯お目にかかれない物ですから?お答えしても構いませんが」

勝ち誇ったような態度に嫌そうに顔を歪めながらも、白澤は椅子をガタガタと鬼灯の方へ進める。
そして一転、その口許に弧を描いた。

「何ですかニヤニヤして気持ち悪い」
「いいじゃん減るもんじゃないし。気持ちよかった?やばい?」
「…良い声で、鳴いてくれましたよ。初めてで勝手もわからなかったんでしょうが、与えられるままに本当…良い女でした」
「初めて?!ヒサナちゃん初めてで抱き潰したの?!」
「何か」
「おまっ…もっと優しく抱いてやれよ!」
「失礼ですね。痛くないように最善を尽くしましたよ」

白澤は信じられないと身を引いた。
初めての相手に、意識も飛ばすほど求める雄のどこが優しいのか。
自分だったらもっと労って気遣える…多分と、白澤は立ち上がって鬼灯を指差した。

「この上なく優しくさぁ、『またしてほしいわぁ』って感じてくれるくらい気持ちよーくしてやれよ!」
「誰の真似ですか気持ち悪い。しましたよ。だからよがってたんじゃないですか」
「どうだか!っていうかむっつりスケベががっついて気絶したんだろヒサナちゃん!お前経験浅いんじゃねーのってか…あったの?」
「最終的には嫌がってませんでしたって。だから鳴き疲れて寝てるんじゃありませんか」
「だまれえええ!」

突然聞こえた怒号に、男二人は口をつぐむ。
見れば寝台の上で、亀のように布団から顔を出したヒサナが真っ赤になって二人を睨んでいた。

「と…っ当人前にしてなんって話してるんですか!」
「おやヒサナ、起きてたなら言いなさいよ」
「そんな話してるところに顔出せるわけないじゃないですかあああっ」

そこまで叫んで喉が張り付き咳き込んだが、それに伴った衝撃にヒサナは顔をしかめて体を丸めた。
喉も掠れるが、それよりも腰が痛いと言うか、骨が痛むような内部の鈍痛にどうする事もできず、小さな呻き声をあげて蹲った。

「大丈夫ですか?」
「…う」
「やぁヒサナちゃんおはよう。調子どう?」
「あ、白澤様…お、お陰様で…」

いくら医者だからといっても、元気になった方法を思い返せばそれしか無かったとしても、他人に知られて恥ずかしくない物ではない。
どんな顔をすれば良いのやらと、ヒサナは僅かに布団に引っ込んで白澤を見上げた。

「ご迷惑をお掛け致しました」
「いえいえ、ヒサナちゃんの力になれたのなら何よりだよ。そこで僕だったらコイツより力になってあげられると思うんだけど、どう?」
「は?」
「房中術なら僕のが精通してるし、得意分野だし。怨念はあげられないけどヒサナちゃんの中の邪魔な愛欲くらい僕なら整えてあげられぐふぅっ!」

突然、ヒサナを覗き込んでいた白澤の顔が寝台にめり込んだ。
その三角巾頭は鬼灯の手で鷲掴まれ、ギリギリと押し付けられていた。

「こっちが大目に見ていれば付け上がりやがってこの淫獣がっ!」
「苦しい!死ぬ!」
「一遍死んでこい。日本の地獄に来たら裁いてやります」
「死ぬかバーカ!」

ガタガタと寝台が揺れるのでヒサナは布団にくるまったまま何とか身を起こし、震源地から遠ざかる為寝台の端に這い逃げた。

「ちょ…お願い揺らさないで…痛い…っ」

小声でやっと口にすれば、二人してこっちを見るのでヒサナは布団に顔を埋めた。
響くのだ腰に。
そう訴えればやりすぎだ何だのとまた喧嘩が始まりそうなので、ヒサナは別の事をとおずおず口を開いた。

「白澤様」
「ん、なあに?」

鬼灯の掌から解放され、白澤が柔らかい笑顔を向けてくる。
ヒサナは布団を握りしめて顔を真っ赤にさせて小さな声を出した。

「お気持ちは、嬉しいんですけれども…その」
「うん?」
「鬼灯様以外とは、あの、鬼灯様も嫌だと思いますし、私も…」

そこまで言うのにどんどん声量が小さくなっていったが、ヒサナの言いたい事を理解した白澤はちぇっと唇を尖らせると柔らかくヒサナの髪を撫でた。

「うん、そっか。拒絶反応緩和する薬考えた方が早いかもね。でも必要ならいつでも言ってね」
「すみません、ありがとうございます白澤様」
「お呼びで無いんですよ白澤さんは」
「お前は今の空気が読めないのかよ!」

結局ぎゃあぎゃあと始まってしまった言い合いに、ヒサナは肩を落として笑う。
しかし座っているのも辛いなと腰の波に再び横になろうとすれば、直ぐ様鬼灯の腕が伸びてきた。

「どうしました」
「え?あの、横になろうかと」
「ああ…そう、でしたか」

布団の上から背に手を回し、ほっとしたような鬼灯の表情に首をかしげれば、バツが悪そうに視線を逸らしたかと思うとぎゅうと腕の中に閉じ込められた。

「倒れそうなのかと、思いましたよ」

耳元で呟かれた言葉に耳が熱くなる。
本当に大丈夫なのかと、未だ気が気でないのだろう鬼灯の様子にふと笑いが溢れる。

「もう大丈夫ですよ。鬼灯様から、沢山の物を頂きましたから」

怨念も愛情も。
だから安心して下さいと笑うが、手が緩むどころか更に強く抱き締められてしまった。
まるでこんな思いはもう御免だと、確かに腕の中に閉じ込めヒサナの存在を確かめるように。
でも次はもう少し手加減して下さいねと耳打ちすれば、善処しますと返された。

「…空気。僕空気だよ」
「まだいたのか空気読め空気」
「その最後の空気って空気の事?僕の事?…まぁいいや。他人の見てても何にも面白くない。僕は帰るからね」
「おや空気読んで下さるんですか空気」
「僕の事かよ!…ヒサナちゃん初めてだったんだから暫く安静にさせてあげてよ」

薬は後で届けさせるからと、白澤は携帯片手に去って行った。
おそらく配達を電話で弟子に頼み、自分はそのまま花街に繰り出すのだろう。

「そういえば白澤様が経験浅いっていってましたが、鬼灯様は経験おありだったんですか?」

手慣れた様子だったとは思うのだが、鬼灯を見上げればさてと額に口付けをおとされた。

「長く生きてますからね。学は深いですよ」

20150223

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