匙加減

「とにかく、ヒサナちゃんの食欲不良の原因はまだわかってないんだ」

鬼灯同伴でヒサナの問診を終えた白澤は、頬をアイスノンで冷やしながら頬杖をつく。
一件様にはなっているが、腫れた頬が痛々しく、不釣り合いであった。

「…いってぇなぁ…口のなか切れてるよ」
「無駄口を叩かなければそんなことにはなりませんでしたよ」

余計な質問を交えそうになる度に鬼灯の金棒が唸るので、ヒサナはスムーズに診察を終えることができた。
お陰で白澤はぼこぼこになっていたが。

「大丈夫ですか白澤様?」
「ダメかも…ヒサナちゃんが看病してくれれば治るかドゥフゥっ!」

腹部をついてきた金棒にのめり込みながら丸椅子ごと後ろへ倒れるが、白澤は腹部を押さえて転げ回るだけで見た目の痛々しさよりは元気そうだった。
鬼灯は片手で金棒を担ぎ直すと、汚物でも見るように悶える白澤を見下した。

「自業自得ですよ。それと、必要事項以外は返答は不要ですと申し上げた筈ですよヒサナさん」
「問診は終わったのでもういいんじゃ…」
「白豚さんと喋るのも不要ですよ」

燻った彼の内の黒い存在を感じ、ヒサナは慌ててすみませんと口にした。ここで揉めるのは良くない。
両腕で支えながら上半身を起こした白澤が、そのやり取りを見て首をすくめた。

「怖…独占欲激しい奴は嫌われるね」
「取っ替え引っ替えなのも如何なものかと思いますがね」
「お前には関係ないだろ!」
「白澤さんにも関係ありません」

バチバチと火花が見えそうなほど睨み合っている二人だったが、幾度となく目にする光景にヒサナがため息をついたことで鬼灯が先に引いた。

「で、どうしたら良いと思いますか」

一度伏せた瞼をスッと開き、切れ長の目で白澤と向き合う。
白澤は嫌そうに立ち上がると腕を組み、椅子に腰かけているヒサナを見つめた。

「んー…とりあえず薬を飲んで経過観察かな。その後どうヒサナちゃん?」
「すみません。まだ飲んでなくて…」

そう言えば地獄門に向かったときには確かに手にしていたと思ったが、あの後包みは何処にやったか。
覚えがない。

「ダメだよー、ちゃんと飲むもの飲まないと治るものも治らないよ」
「すみません…」
「んー…この朴念人の怨念の大半を賄ってるのがヒサナちゃんだっていうんだから、定期的に受診してもらえれば一番だけど、お前はあまり人目には晒したくない?」
「ヒサナさんの事は、先の件と合わせて発表することになりましたので大丈夫です」

ヒサナの隣に立つ鬼が静かに言い放つものだから、白澤は一瞬意味を理解するのが遅れた後、飛び起きて鬼神の前に立ち上がった。

「マジか!よく決断したな」
「私の責任の上、私の不祥事を隠蔽するための苦渋の選択ですよ」
「はーん?我が身可愛さか」
「…ヒサナさんの存在を露見せずに事が納められる方法があると言うのでしたら、私はどんなことをしても構いませんよ知識の神様」

白澤はいつものノリで返してしまったが、金棒を握りしめている手に更に力がこもったのが見てとれた。
奴の歯が軋む音も聞こえた。
普段ならば売り言葉に買い言葉、更には暴力も交えてくるだろうにその素振りを一切見せない。

ヒサナも鬼灯の纏う空気に驚いた。
引き剥がされた時に自分達の関係を公にしてしまえばいいと嬉々として口にしていたように見えたが、きっと今のが彼の本心。
見られてしまったからには情報として提示するが、黙っていられるのなら隠していたい。

恐らく自分の失態を一番許せないのは彼だろうし、その責任を自分一人で負うという事も勝手には許されない己が身にも憤慨しているのだろう。

「悪い、今のは謝る」
「いいえ。私だけの問題でしたら良いのですが、ある程度の地位なので各方面に迷惑をかけてしまいますからね…」
「ある程度どころか地獄のナンバー2じゃ難しいだろうなぁ」

烏天狗警察総動員に牛頭馬頭、更には神獣白澤さえも負傷する未だ訓しい事は後日とされている大事件。
どこからか閻魔大王や鬼灯が中へ入った情報をつかんだ報道機関が、その詳細を今か今かと憶測を巡らせながら待ち構えていることだろう。
あの場の汚染は隠しきれないので、何か不浄の者の関与を抜きには説明が付かない。それも場所も悪く地獄門だ。幾重にも厳重な管理下に置かれている場所も場所。
そんな所で起きた今回の件。確かな対処法が無い今、下手なことを言っても責任が追求されてしまう。

「隠すのが一番だよな」
「ごめんなさい白澤様、鬼灯様は悪くないんです。私があの時こちらに来なければ、あんな事にはならなかったんです」
「ヒサナちゃんだけの責任じゃないよって言ったでしょ?…それに、あんまりゆっくり引き留めなければよかったのかもしれないし…」
「あ゛?」
「いやいやこっちの話」

思い詰めるヒサナを安心させるよう目を細めて笑う白澤だったが、聞き捨てならない事を耳にしたような気がして鬼灯が声をあげたので、白澤は慌てて話を濁した。

「で、何て発表するんだよ」
「…その事でもご相談したいんです白澤さん。勝手は承知ですが口裏を合わせて頂きたい」
「口裏?」
「今回の会見で発表する内容についてです。それと食い違わないよう、話を合わせて下さい。完全にこちらの都合ですが、ヒサナさんを守るためでもあります」
「今回の件は僕も完璧に関与してるからね。ヒサナちゃんの為なら喜んで。どうすればいい?」

白澤は後ろへ下がりカウンターに背を預ける。
手は耳飾りの古銭を弄んでいた。

「そこなんです。ヒサナさんの露見はこちらも多少の利点がありますのでこれを機に仕方なしとしますが、どうすれば彼女に非難が飛ぶ事もなく、且つ私が暴走した事を隠蔽できるか。対策が難しいので、事実をそのまま発表するわけには行きません」
「成程」
「一応鬼火が抜け出たのを集めて手こずった線で考えてみたのですが、これもヒサナさんに罪を押し付けているようで…貴方ならどうしますか白澤さん」
「何で僕に聞くんだよ」
「隠蔽工作は御手の物かと思いまして」
「あ、白澤様の女性遊びでですね」
「何言…ってヒサナちゃんまでひどい!」

白澤はショックを受けたようにだらりと腕を下げ、はぁと盛大にため息をついてからカウンターに飛び乗り腰かけた。
足をブラブラさせながらうつむいていたが、暫くしてからふむと白澤は足を組み思考を巡らせた。

「…難しいね。鬼火が抜け出たって説明したとして、鬼灯か鬼火…ヒサナちゃんが暴れたことにならないと封鎖の理由はできても怪我と器物破損の説明がつかない」
「できればヒサナさんを内に戻さない案でお願いします」
「それは僕もそう望むけどさ…暴れた物は押さえつけろって言われるに決まってるよね」

何も浮かばないのは事実。
そんな都合の良い話があるわけもなく、白澤は唸ったまま天井を仰ぐ。
鬼灯もイライラと思案しながらトントンと金棒を揺らし、ヒサナも何も閃かない。

そもそもが難しい話なのだ。
数枚の用意できる木の葉で覆うには火種が大きすぎる。
いっそ洗いざらい話して開き直ってしまえと白澤は内心舌を出すが、鬼灯を押さえる術が無い今それは無謀に過ぎない。
ヒサナの手前、協力したいのも事実だが奴の問題なのだから自分で考えろと丸投げしたくなる。
そうだ。全て投げる事ができたらこうも苦労はしない。
投げられる方は、物理的にも身をもって辛いと知っているが。

「…投げる?」
「え?」

ぼそりと呟いた白澤の言葉がうまく聞き取れず、ヒサナは彼の口元をよく見ようと背を丸めて伺った。
それと同時に、白澤がぱっと惚けた顔を上げた。

「そうだよ、投げられるじゃないか」
「は?」

今度は聞き取った鬼灯も眉根を寄せる。
白澤は首を傾げて口を開いた。

「…いっそありのまま起こったことを説明しちゃえば?」

なんの解決にもなっていない答えに、鬼灯の顔が一瞬で険しいものになった。

「脳みそまで真っ白か?それが出来ないと言っているでしょう。白味噌湯にといて朝食に並べてやろうか」
「いやいや、求められるのは今回の再発防止の解決案なんだろ?事実にそれを求めるのは無理だから、隠蔽するんだよな」
「そうですよ。だから無かったことにしようと言っているんです。私を止められるのはヒサナさんだけ、それを為すにも被った被害が膨大でした」
「なら、策が講じられれば第一補佐官が暴れた事実を話しても問題ない?」
「それはそうですが…そんなこと―――」
「お前を止められるのはヒサナちゃんだけだけど、抑えられる子ならいるじゃない。要するに世論…マスコミが納得するような対策が必要な訳だろ?残念ながら僕は力になれないけど」

ニヤリと顔を歪めて笑う白澤に怪訝に眉根を寄せる鬼灯だったが、何か閃いたようで表情を緩めた。

「…成る程、流石白澤さんですね」

解決策を見いだした二人の珍しいやり取りにキョトンとしていたヒサナだったが、鬼灯がゴツンと金棒を床について振り返るので背筋を正した。

「あと一日、猶予を頂きましょう。問題なければ明日、記者会見です」
「そんな急に…!」
「行っておいでよヒサナちゃん。これで問題解決だよ」
「何見送る気でいやがる、お前も来るんですよ白豚。残念がる必要はないですよ」
「え゛」

白澤の首根っこを掴むと、鬼灯はそのままずるずると引きずり歩く。
丁度入れ違いで芝刈りから帰ってきた桃太郎がぎょっとして何事かと問うが、ヒサナにはさっぱり分からず首をかしげて見せた。
助けを求めて鬼灯の袖を引くと、鬼灯は時間が惜しいようで首を少しだけ回して桃太郎に目線だけよこした。

「この白豚、少し借りますよ。身の保証はできませんが」

その光景に、桃太郎はきっと白澤がまた何かやらかしたのだろうと、お気をつけてと声をかけてその背を見送った。

20140908

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