夢現

あれからお互い無言のまま閻魔殿の鬼灯の私室に戻った。
押し込まれ、ドアを閉めると同時にヒサナは鬼灯に唇を奪われた。
抵抗する間も無い粗っぽい口付けだったが、触れてしまえばヒサナは火に熔ける。
そうして私は居心地のいい世界に戻されると、いつも通りの眠りにつく。


そして夢を見た。
昔々の、懐かしい夢を。









「おい、こっちだこっち!」

鬼火とは単体ではそれほど力もなく、力を求めて鬼火を食す魑魅魍魎も多いし、人前に出れば少し力のある人には簡単に散らされてしまう。
なので同族と群れて過ごす事が多い。

あの日もヒサナは、よく共にする仲間と山の中を巡っていた。
そして、少し開けた場所に質素な祭壇を見つけた。



「まだ小さいのになぁ」
「可哀想に」

祭壇に横たわる白く小さな遺体の上を、複数の鬼火が飛び交う。
まだ幼い男の子の衰弱しきった遺体が、身を守るように丸まって横たわっていた。

その日は、山の中に私たちを呼び寄せる類いの声がこだましていた。その主は間違いなくこの場であり彼からだった。

それは根深く強い怨みの声。

祭壇に祀られていると言うことは神に捧げられた身だろうに。
それなのにこの体に残る想いでは、とても神には届かない。
そして行き場を無くしたその声が、私たちのような俗に言うよくないものを呼び寄せる。
それの一番乗りが私達鬼火。私達もまた力が弱い為、こういったモノにすがらなければ生きる術はないのだけれど。

「さぞ無念だったろうに」
「私たちが入れば、この子は鬼になれるよ」

鬼火が怨念に呼ばれて集まれば、それを動力として再びこの世のものではない者として彼は生をうけられる。怨念を喰らう代わりに体を動かしてやれるのだ。
利害が一致すれば、この幼子は鬼として新たな生を送れるだろう。
しかしそれは人としての道を踏み外す行為、輪廻に還ることは許されないのだけれど。

「私たちが入れば、この子は幸せになれるかな」

一つの鬼火が、パチリと火を弾かせて幼子に近づく。

「なんだヒサナ、怖いのか?」
「鬼火の生き方だろ?怨みを晴らすささやかなお手伝いをして共存するしか、俺達の生き残る道は少ない」
「こいつは怨みを晴らすチャンスを得られて、私達は困らない食場を手に入れられる。お互いに悪くないと思うけど」
「そうだけど…」

ヒサナは幼子から離れ、仲間の輪に戻る。
何かこう、煮え切らないというか、モヤモヤする。

「お前が行かなくても私達はやるけど、ヒサナはどうしたいのさ」
「私が抜けたらこの子は鬼にならないかもしれないでしょう?」
「そりゃ…鬼火の数が多い方が確実だけどさ」
「だよね。私もいくよ」

くるくると祭壇の上で円を描く。
「迷いがあるなら無理しなくてもいいんだぞ?」

一つの鬼火が心配そうに問う。

「迷いじゃなくて…」

なんだろうか、この不完全燃焼を起こしたようなモヤモヤの正体は。

「…ねぇ、この子はどんな鬼になるかな?」

気になるのだ。彼のことがとても。

「さぁ、それはこの子次第だろ。自らの怨念に喰われて悪鬼になるか、怨念を糧としながらも自我を見失わずに己を保てるか」
「そっか…」
「どちらになろうとも、その怨念を糧に共存することになる俺らに害はないから心配するなって」

そういって次々と幼子の中に鬼火達が飛び込む。
ほら行くよと声をかけ、最後の鬼火も行ってしまったのでヒサナも遅れまいと慌てて後を追った。

音もなく沈みこんだその中は生暖かくて、どこまでも広がるような空間で、だけど包み込まれるような微睡みそうになる安心感。
その中心に、自分達以外に渦巻く強い思念。
幼子に不釣り合いな、ドロドロとした黒い想い。
それらに仲間と溶けて混ざりあいながら、意識を手放す刹那にヒサナは最後に見た幼子のいたたまれない姿を思い返した。

―――どちらになろうとも、怨念を糧に共存することになる俺らに害はないから心配するなって。

「うん、そうだけど、」

どうせなら、過去に縛られ過ぎずに新たに生を送ってもらいたい。

幼い彼に似つかわしくない、荒れて傷だらけの小さな手足。
とても徳の高い子にも見えず、それなのにこの年で神に捧げられるなんて、きっと碌でもない生を送ってきたのだろう。

その時、モヤモヤの正体がわかった気がした。

「貴方の…真意に反するのかもしれないけど…君を飲み込もうとする怨み辛みは、私が皆食べてあげるから…幸せに」


そうか私は、彼に幸せになってほしいんだ。


どうか少しでもこの子が楽しい世界に触れられますようにと願いながら、ヒサナは完全に意識を彼の内に溶かした。

20140804

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