似て非なる者

「ところで名前はもう決めてあるの?」

見舞い用の椅子にやっとこさ腰掛けた白澤が、鬼灯に向かってカクリと首をかしげる。
あれだけ心待にしていた奴の事だ、性別が決まった時点で、もう考えてありそうだとは思うのだが。

「いえ、まだ悩んでいます」
「めっずらし」
「一生ものですから、安易には決めたくはないでしょう。きちんと顔を拝見してからと思ったのですが」

一生もの。
その単語にヒサナの胸がチクリと痛んだ。
遠い遠い昔の記憶。
それはヒサナの物ではなく、彼の中で得た記憶がその言葉にふとよみがえる。
幼い孤児に、丁と奴隷の名をつけたのは、いったい誰だったか。
またその理不尽な記憶と合わせて、『鬼灯』と名を彼に与えたヒサナもよく知る人物と出会う温かな記憶もあるのだが。
鬼灯にとって名前は思い入れ深く悩みもするのだろうと一人解釈していれば、白澤は鬼灯を鼻で笑った。

「はっ、よく言う。座敷童子ちゃんたちの名前、なんだよあれ」
「唯一無二で分かりやすくていい名前じゃないですか」
「…お前の命名の基準が『分かりやすさ』から来てるなら、その認識改めた方がいいよ」
「失礼ですね。古来より全世界的にそのように決められてきましたし、私の名前だってそうですよ」

先程よりも小声ではあるが、また小競り合いを始めた二人の間でヒサナは肩を落とした。
前言撤回、はしないが。
鬼灯に命名を頼んだ身であるが、成る程確かに。
座敷童子たちの名前は如何なものなのだろうか。

『私の名前だってそうですよ』

丁に鬼火が宿って鬼灯、桃から生まれたから桃太郎。
間違った認識ではないし、昔ながらの日本の名付けかたも一人目の男だから一郎、太郎。
二番目だから次郎、そして三郎…果ては苗字もそんな決め方だったのだから一概に否定はできないのは理解している。
ならば鬼灯は赤子に一子二子のように、長男だから太郎、または一郎とでもつけるのだろうか。

「ちなみにヒサナちゃんはなにか考えてないの?」
「えっ」

完全に余所事を考えていたのに白澤に急に話をふられ、ヒサナは慌てて我にかえる。
悶々と考えていた内容を振り払い、ついでに否定の意味で首を降ってみせた。

「いいえ、鬼灯様にお任せしましたので、私は…」
「えーやめときなよ、期待できないよ」
「煩いですね白澤さん。…で、ヒサナは何か希望はないんですか」
「希望と言われましても…」

なんでも言ってみろとでも言いたげな鬼灯の微塵も表情の変わらない顔がヒサナに向けられるが、実際今生から遠く離れていた身としては本当に命名に関する知識がない。
鬼灯の記憶があるだろうと問われるかもしれないが、かなり曖昧なものに頼るのもどうなのだろうか。
改めて腕の中で大人しく眠っている我が子を見つめる。
生まれたばかりで赤みの強い顔は、今は安らかな表情を浮かべている。
目も鼻もこんなに小さくて機能しているなんてなんとも不思議なものだ。
抱いたまま動かせる左手で赤子の手のひらを開いてやんわりと挟ませた親指で触れながら、ヒサナは思案する。
名は体を表すという。
この子はどんな子に、育つのだろうか。

「私は名前は決められませんが…」

ヒサナの言葉に、鬼灯も彼女が視線を落としたままの我が子の寝顔を覗きこむ。
生まれたての赤子は、やれどの部位が父親似だの母親似だのと話すのはとても察しがつかない。
皮膚も羊水の中にいた為かボロボロしていてしわくちゃなのに、かわいいと思えるのは我が子だからなのだろうか。
かわいいかわいい我が子。
今のままでも充分に可愛いが、先程から思い浮かぶ幼子の姿がある。
赤子ではなく、自らの足をしっかりと地につけて立つ姿は幼児と言った方が正しい。
遠い昔に見た生け贄の幼子の姿を重ねているのではないかとも思うのだが、その姿とはどこか異なる雰囲気であり、何よりもつい最近見たような覚えがヒサナにはあった。
それは何故だか何時のことだかも思い出せないが、ぼんやりと脳裏に浮かぶその姿の正体について、我が子の手のひらのかさぶたに触れながら根拠のない確信を抱いていた。

「この子は、鬼灯様似だと思うんですよね」

20180909

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