無理

運び込まれた病院のあてがわれた部屋で、ヒサナは寝台で横たわり下に広がる石の床を凝視していた。
今は、何度目かわからない陣痛の波が去ったあと。
動けるうちにと着替え支度あれよあれよとすべて済ませて横になったが、もう起き上がれる気もしない。
今転がっている寝台とは別に分娩台があるから、いずれ時が来れば起き上がらなければならないのだが。

「無理かもしれない」

ポツリと弱音をひとつ。
これから出産だというのに、生まれる前からこの痛みとは。
酷く辛く痛いというのは想定はしていたが、想定外も想定外。
もう生まれるんじゃないかと思ったが、子宮口はまだまだ開いていないようで準備段階というか準備もまだだというか。
これから本番だというのに、本当に自分がこの腹の中の大きな赤子を無事に生むことができるのだろうかと不安しかない。
世の母は、皆これを経験しているとはどれほど強いのだろう。

「拷問並みなんじゃないですかこれ…鼻からスイカが出る程辛いっていうのは、良い表現だと思います…これ無理…」
「大丈夫ですか…って大丈夫なわけないですよね。何も出来ず大変申し訳ございません」

何もできない自分に歯がゆそうな様子の鬼灯は、寝台の横の椅子に座り、膝の上で拳を握りしめていた。

「いえ、あの今は大丈夫なんですが…それよりも鬼灯様お仕事明日、大丈夫ですか…」
「連絡を入れて五官にも手配しました。明日一日は心配要りません」
「…もしあれでしたら、戻っていただいても大丈夫ですよ」

今は深夜だが、明日は変わらず鬼灯には仕事があるはず。
常日頃業務をこなしても多忙な彼のこと、明日も予定がつまっているはずだ。
ヒサナの言葉に少しだけ目を見開いた鬼灯だったが、すぐにいつもの無表情に戻ると一度ゆっくりと目蓋を伏せてからヒサナを見た。

「私がいない程度で回らないようでは本来困るんですよ。ヒサナがよろしければ、何もできない役立たずですが付き添いたいのですが、駄目ですか?」
「駄目じゃないです…心強いです。ありがとうございます」
「強がりを言ってる暇があったら、つかの間の休息でも休んでいてください」

つかの間の、また来るであろう波を思うとしんどいという言葉しか出てこない。
ヒサナは今は落ち着いている腹に手をあて目を閉じた。

「産道通らないでこう、鬼火ならお腹の上に火が自然と集まって産まれるとかなればいいのに…」
「鬼火は個人の怨念から生まれますから、別の個体同士が融合して力を増すとかはありますけど生殖機能はありませんからね。ヒサナが特殊なんですよ」
「あー…そうですね、それに私だけじゃなくて鬼灯様の遺伝子もありますからね…。鬼神と鬼火の間の子?いえ人と鬼火の間の子と鬼火の子だから何でしたっけええと鬼火四分の三の人四分の一だから人のクォーター?難しい。あぁどんな子でしょうね」

少しでも気をまぎらわせようと余所事を考えるが、陣痛の波の感覚は聞いていたとおり短いものになってきている。
頑張って思考をそらすが、痛いししんどいし、怖いものは怖い。
しかし、だからと言って投げ出すつもりは毛頭無いが。
この痛みは、今正に赤子が出てこようと頑張っているのを体が準備して導いてやっている証。
自分が頑張らなければ、誰がこの子を導くというのか。

「は…鬼灯様の妻として、これくらい頑張らないといけませんね」
「出産をですか?」
「自分の子くらい、導けないと…鬼灯様の鬼火として面目が無いです」

魂の導き手鬼灯に宿る自分は鬼火。
そんなことを考えていたが、そろそろ波が来るなというなんとも言い表せない感覚を覚えて身構えれば、とたんに激痛が走りヒサナは呻き声と共にうずくまる。
鬼灯は握りしめられた彼女の拳を手に取り、そのがむしゃらな力強さを受け止めながら邪魔にならないようゆるく握り返すと、真剣な面持ちでヒサナの髪を撫でた。

「それなら心配要りませんよ、ヒサナなら大丈夫です」

鬼灯の鬼火と、時折そう彼女は気負うが何を焦っているのだか。
今はいっぱいいっぱいな彼女に何を言っても、出産に集中する妨げにしかならないことは百も承知なので、無事にすんで落ち着いたらヒサナにきちんと言って伝えてやりたいと鬼灯は思う。

確かに彼女のその行動理念により危ないこともあったにはあったが、それを考慮しても彼女を優秀な導き手として太鼓判をおせる。

何よりも難しいだろう、既に地獄一の鬼神を導いているのだから。

20180330

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