暖を取る
「ぬくい…」
「だから寒いんですってば私は…!」
深夜にも関わらず、ホオズキの絵が描かれた扉からドタバタとした物音が聞こえる。
その扉の向こう鬼灯の私室では、攻防の末壁際に追い詰められたヒサナが部屋の主である男に抱き竦められていた。
「いいじゃないですか減るもんじゃないし」
「減ります私のこう…鬼火が風前の灯みたいになりますきっと」
「実際のところはどうなんです?」
「…減りません」
お盆のこの時期、亡者を返した地獄の釜の蓋は開け放たれ、各部署大掃除に入る。
いつもは業火もろもろにより一定の蒸し暑い部類の気温を保つ地獄だが、一斉に各地の火が消えれば気温も下がる。
日の光が届かない地獄は、現世は夏だと言うのに夜は砂漠のごとく冷え込んだ。
「そこで今回ご紹介するのは鬼火のヒサナさんです」
「なにがそこでなんですか何で通販番組風なんですか」
「鬼火なので熱いまではいきませんが暖かいですよ。しかも自家発火なので省エネでお得です」
「まだ続けますか…!夏場側によるといつも手で払い除けるくせに…!」
先日も勝手に駆り出され、分からないところを聞こうと鬼灯に寄れば鬼の形相で払い除けられる。
暑い寄るなと、仕事に追われたイライラも相まって八つ当たりされることもしばしば。
理不尽だと抗議するも拘束された体が離れただけで、鬼灯の手は肩を抑えたままだった。
「帰れるものなら帰ってごらんなさいな」
「う…」
鬼灯は片手をトンと自らの口にあてる。
それは唯一のヒサナの帰り道。
できるものなら、とっくに帰っている。
「まぁ…出来たとしてもすぐ引きずり出しますが」
「鬼か」
「だからあなたのお陰で鬼ですってば」
「今は丁のクセに…」
そう睨めば嫌そうに私を見下してくる。
彼は私がその名を呼ぶことをひどく嫌う。
名前の意味は知っているが、だけど私が出れば鬼火を囲う行灯ではないのだから『鬼灯』では無い。
そう思い、出会った…もとい彼を見つけた当初の名で呼ぶのだが、普段は生い立ちに触れても謂われのない虐げでなければ微塵も気にしない彼が、何故か毎回むきになって訂正してくる。
彼の悪友に呼ばれても怒っている所を見たことはないのだけれど。
「観念しました?」
「!し…してな…!」
考え込んでいたせいで言葉を発しなかった私の沈黙を肯と取ったのか、あっという間に担ぎ上げられるとぼふんと鬼灯のベッドに落とされた。
硬いスプリングに顔をしかめていると、足元に丸まっていた布団をかけられると同時に彼も潜り込んできた。
「ちょっと本当に何してるんですか!」
「なにもしませんよ、なにも」
「やだやだ帰る帰る」
「煩いですね。本当に一緒に寝てもらうだけですよ、静かにしてください。こっちはやっと明日から休暇なんですから…」
腕の中に閉じ込められているので顔は見えないが、後半は欠伸を噛み殺して話しているように聞こえた。
相当眠そうだ。
この連日、大掃除の上指揮を執り、更には最終日の祭りの準備と大忙しだった。それにヒサナも何度か駆り出されたので鬼灯でも手一杯だったことはうかがえた。
もそもそと丁の胸から顔をあげ見上げれば、うとうととしている彼の顔が近かった。
「『鬼灯』の方が寒さに強いのではないのですか?」
「それでも寒いから貴女を呼んだんです…寒さが増しても、暖もとれて熟睡できるなら一石二鳥でしょう?」
もぞもぞと抱き直されて再びヒサナが胸板に顔を押し付けられる体制になり、また鬼灯の顔は見えなくなった。
すぐにでも眠りそうな彼の声音に、いつも一番側で鬼灯の仕事ぶりを見ていたヒサナは、仕方がないなぁと今回ばかりは折れることにした。
私も寒いし眠いので、こうしてつつまれているといつもと変わらないような気がする。
暖を求めてヒサナもすがりつけば、鬼灯はうっすらとまぶたを開けた。
「本当に…いつもすみませんヒサナさん。お詫びにお祭り、ご一緒できればよいのですが…」
深く上下する彼女の肩を見れば、既に聞こえていないことはわかる。
それでもなんとなく口に出してしまったのは眠気のせいだろうということにし、もう一つ欠伸を噛み殺すと心地よい彼女の体温と睡魔に鬼灯は身を委ねた。
20140727
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