計算通り

「…白澤さん」
「犯罪っていうか、道徳的にも何的にも無いだろやめろよお前。しばらく母乳でなんとかなりそうな気もするけど…鬼と鬼火の間の子なんて知らないからなぁ…生まれてみないと」
「私をなんだと思ってるんですか、しませんよ」

当たり前だ、例え愛しの我が子であろうとそんな事になるわけがない。
ヒサナの場合は好いた女であったし、急を要したのでそうするしか術がなかったが、急ぎでなければきちんと段階も踏んでいた、踏みたかった。
しかし、今回はもし供給が必要になろうとも生まれてくるまで時間はある。
それまでに必ず打開策をみつけてみせると、鬼灯はため息と共に肩の力を抜いた。

「まあヒサナの場合は私の鬼火ですから、摂取できる怨念が固定されていましたからね。それが無い分霊場などにつれていくだけで怨気は問題無さそうですが、問題点はなるべく想定して対応策を考えておきましょうか」

確かに、自分も鬼灯の前身である丁を見つけるまでは、当時そこらに溢れていた怨念を食していたとヒサナも記憶をたどる。
宿主が決まっていなければ問題ないかと安堵するが、そういえばこの子は何になるのだろうか。
腹の子は鬼と鬼火の間の子になるが、鬼灯は鬼火と人の間の子である。
人と鬼火の間の子である鬼と鬼火との間の子は、計算的には鬼火が強く、人のクォーターか。
そうなると鬼の遺伝が不明確で擁している能力もわからないが、一つだけヒサナには何故だか確信があった。
その謎の確信に伴い、火傷のように痛む手のひらをぼんやり眺めながらヒサナは思案する。

どちらに似ようとも、我が子は魂を導く灯であると。


「どうしました」

不思議そうに自分の手を見つめたまま上の空な嫁に呼び掛ければ、鬼灯の声に我にかえったヒサナが頭をふって鬼灯を見やる。
その瞬間、今まで考えていた疑問とはまた違うもうひとつの問題点が不意にヒサナに浮かんだ。

「あ…本当にすみません鬼灯様ご迷惑を」
「なんです、何が迷惑なんですか」
「子どもができて…」
「……まだ要らないかとくだらないことを聞くのではないでしょうね」
「ちがっ、違いますよ」

一瞬で鬼灯の雰囲気が変わったので慌てて取り繕う。
ヒサナの疑問は、鬼灯の言う物と同じようで同じではなかった。

「子ども、できてしまって」
「…ですから」
「待って待って!最後まで聞いてください鬼灯様!ええとあの…ほら、本当は私飲んでる筈だったじゃないですか?」
「何を」
「…避妊薬」

己の発言のせいで、不機嫌極まりない鬼を相手にしながらおっかなびっくり答える。
ヒサナの言わんとしたことを察した白澤が、先に手のひらを打った。

「ああ、房中術を考慮して僕が処方してたからね」
「そうです…あの、私すっかり失念してしまってて、飲んでなかったからこんなことに…いつの行為でできた子でしょう」
「だから?」
「だから…?鬼灯様も想定してなかったでしょう?いつかつ…作るにしても、ほら、す…好きであの…その流れになった時と、房中術でなったのと、違うじゃないですか。…今じゃなかったんじゃないかと言いますか…」
「そんな事。貴女が薬を飲んでない事くらい知ってましたよ」

ヒサナが口ごもりながらも言葉を紡いでいたその口が、動きを止めた。
鬼灯が言った言葉が、一瞬では理解できなかった。
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている妻に対し、鬼灯は不機嫌だった表情を一転、呆れた様子で腕を組んだ。

「失礼ですねぇ、いつだって愛ある行為ですよ」
「う…え?」
「房中術でも、求めて行うときでも、いつだってヒサナをここに繋ぎ止めておきたいと思いながら抱いてましたよ」
「…えっと、つまり…」
「ですから、避妊できてないことなんて承知の上でしたけど」
「えええええ!!」

店内に収まらず、外へも響き渡る天国に似つかわしくない叫び声。
声をあげたのはヒサナだけではなく白澤も同時で、鬼灯の言葉に驚きを隠せなかった。

「煩いですね」
「いや、だってお前!」
「え、なん…鬼灯様なんで…!」
「同じ部屋に住んでいて、気付かない方がそれこそどうかしてますよ。空の包み紙もない、薬はそこらに置かれ手付かずのまま」
「なんで言ってくれなかったんですか!」
「ですから、まとめて引き出しにしまっておきましたよ。聞かれたら出すつもりでした」
「…聞かなかったら?」
「現在に至る」

呆気にとられ言葉がでない。
そういえば白澤に指摘されたときも何処へやったかとヒサナは記憶になかったが、どうりで覚えもなく見かけないわけだ。
しまっておいたなんて尤もな言い方だが、隠されていればそれは目に入るわけがない。
本人が忘れているのを良いことに完全に無いものにしたのだ。
それこそ何処へやったかとヒサナが聞けば、鬼灯は素直に出したのだろう。
覚えてさえいたのならば。

「文字通りヒサナをこちらに繋ぎ止めてくれました。流石我が子です」

涼しい顔をして言ってのけてくれる。
まさにその通りなのだが、予期せぬ「出来ちゃった」にハラハラしていた身にもなってほしいとヒサナは乱暴に立ち上がった。

「どれだけ心配したと…!」
「望んでなければ必要以上に抱いたりしませんよ。自分の身一つでなくなれば流石の貴女も自身に気を回せるようになるのでは?そのマイナス思考も治るといいですね」
「ま…マタニティブルーってやつですよ」
「おやよくご存じで。どこの世界に危険な場所に出ていくマタニティブルーがいるんだ弁えろ」
「鬼灯様っ!」

ぎゃあぎゃあと言い合いが始まり、完全にかやの外で忘れ去られている白澤は早く帰ってくれないかと椅子に完全にだらけて座る。
天井をあおぎながら耳に届く夫婦喧嘩はお互い一歩も譲らない様子。
それでも最後には常闇の鬼神が勝つのだろうと、長年の宿敵はつまらなそうに笑った。

20170507

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