ゼロ

さて、考えてみようと思ったがどうしたものか。

あれから数日たったが、ヒサナは何も名案も浮かばない。
自分のことであれど、思い出そうにもかけらも覚えがないのだからきっかけさえつかめそうになかった。
暗中模索だと、頬杖をつきながら中庭へ続く階段の中腹に腰掛けて金魚草畑をぼんやりと眺めていたが、無数の目に見つめられるだけで彼等が答えを導いてくれることもないだろう。

「…金魚草って感情あるのかな」

無表情な様は、飼い主を思い出す。
鬼灯は怒りは露にするが、彼等も鳴くだけで表に出す感情の数は等しいように思う。
だから波長も合うのかと、ヒサナはそんなどうしようもない余所事を考えながらその段にごろんと仰向けに寝転んだ。
そうして目が合った、金魚草とはまた違った4つのほの暗い瞳。

「っぎゃーーー!!」
「オギャアアアアァァオギャアアアアァァ」

驚き飛び起きたヒサナの叫びにつられ、金魚草達も一斉に鳴き出す。
耳をつんざくような悲鳴の中、ヒサナはしゃがんで覗き込んできた二人を見下ろした。

「…はっ、一子ちゃんと…二子ちゃん…?」

まさか誰か居るとは思わなかった。
ばくばくとうるさい胸を掴み、ヒサナはなんだと安堵の息を吐く。
大きな黒い瞳を2対並べ、揃った動きで座敷童子の二人は首をかしげた。

「鬼火だ」
「鬼火ね」

ぱちくりという効果音が似合いそうな瞬きを、一子と二子は二人揃って行う。
ヒサナは珍しそうに彼女達に顔を近付けまじまじと見た。
おかっぱ頭の、鬼灯に名をもらった双子の座敷童子。
存在も姿も鬼灯の中で知っていたが、会うのはこれが初めてだ。
何か声をかけようと思うのだが、金魚草の声は鳴き止まない。
鬱陶し気に耳を塞ぎ金魚草を睨むが、彼等がわかるはずもなかった。

「もう…!」

止めてと、ヒサナが叫ぼうとした途端その声がピタリと鳴き止んだ。
突然の事に驚いて見ていれば、視界の隅に伸ばされた小さな手が2つ。
隣を見ると、座敷童子達のそれぞれの腕が金魚草へとかざされている。
金魚草達は座敷童子を見やり、彼女達もまた落ち着いた彼等の様子を見て満足そうに頷いた。

「はじ…初めまして」

手懐けているような振る舞いに驚きを隠せないが、ヒサナはようやっと口を開く。
一緒に振り返った二人の大きな瞳が、またヒサナを見つめた。

「ううん。知ってる」
「知ってる」
「貴女が知らなくても」
「私達はヒサナを」

いつもとは真逆の事を言われたので、今度はヒサナが目を瞬たかせる。
神出鬼没で屋内を駆ける彼女達にとっては、ヒサナの存在など公にする前から承知していたのかもしれない。
ヒサナは照れたように頬をかいた。

「何だか知られてたとなると恥ずかしいなぁ」
「別に見慣れてるし」
「ねぇ。子どもじゃないし」
「は?」

子どもじゃ無いとは何の事か。
ヒサナは人知れず知られていたことを言ったのだが、二人の言葉とどこかズレを感じる。
何の話をしてるのかと聞けば、知らない方がいいこともあると二人に同じ事を言われてしまった。

「何をやってるんですか」

頭上から声をかけられたので、階段上の廊下を見れば鬼灯が手すりに手をかけ立っていた。
その身を若干中庭へと乗り出してこちらを見ている。

「どうしたんですか鬼灯様?」
「ヒサナの…いえ、金魚草達が騒いだ声が聞こえましたので見に来ただけです」

鬼灯は金魚草達を見回した後に、異常なしと見て階段を降りてきたのでヒサナも立ち上がる。
隣に並んで腕を組んだ鬼灯は落ち着いているとは言えず、息は僅かに乱れ首もとは汗ばんでいるようにも見えた。
相当急いで来たのだろうか。

「鬼灯様そんなに心配でした?」
「別に、貴女の心配はしてませんよ。私は…」
「え?私じゃなくて金魚草ですよね。わかってますよ」
「…何かあったら大変ですからね」
「そっか。それにしても金魚草の声はよく通りますね」
「ちゃんと言えばいいのに」
「いいのにね」
「貴女達はちょっと静かにしていてください」

それはそうかと軽く頷いて共感していると、鬼灯にまとわりつきはじめた座敷童子達が何やら鬼灯と話している。
仲が良いなぁと眺めていると、座敷童子達は鬼灯の片腕と片足に落ち着いたようだった。

「相変わらず、なつかれてますね」

引っ付く様は親子のようだと笑えば、満更でもない様子で鬼灯が腕にぶら下がっている一子を掲げた。

「この状況下では貴女が母親でしょうか」
「は?!」
「お母さんだ」
「お母さんだ」
「やめて!」

顔を真っ赤にさせたヒサナがあたふたと訂正を求める。
何てことを言うのかと顔を扇いでいれば、この状況を産み出した鬼灯が首をかしげた。

「ど…どうしました鬼灯様」
「いえ、そういえば珍しい面子だと思いまして」

初めて見る、ヒサナと座敷童子の絵面。
神出鬼没な彼女達だが、今までヒサナの前に現れた事はなかった。
にもかかわらず、何故このタイミングで接触してきたのだろうか。

「悩んでた」
「ヒサナ困ってた」
「ヒサナが?…何にですか」

鬼灯の眉根が僅かに寄せられ、その視線はヒサナに向けられる。
気にさせてしまうかと思い一人で悩んでいたのだが、見られ告げられたこの状況では仕方がないと、ヒサナは軽く肩を落として鬼灯を見上げた。

「先日の話ですよ。自分が誰なのか」

そうして膝を抱える。
この膝も確かに自分のものであるのに、今の自分の預かり知らない自分のものであるという奇妙な違和感。
気にしないということは難しく、知ろうと思ってもなんの手懸かりもない。
自分はどこから来て、どのように今に至るのか考えたら空白が不安になった。

自分の知らない自分が確かにある。
それは今の私と大差無いのか、それとも全くの別人なのか。
私はヒサナでいいのか。
元からヒサナなのか、鬼火になってからがヒサナなのか。

鬼灯に言っても仕方がないことはわかっている。
鬼灯が何かあれば伝えろ、と言ったのもわかっている。
現時点では何もない。
しかし不完全燃焼を起こした内なる火はそのままだ。

「なんだそんな事ですか」

鬼灯は呆れたように顔を歪めてため息をついた。
心配して損をしたと言わんばかりの態度にヒサナは僅かに口を尖らせた。

「そんな事呼ばわりですか」
「そんな事呼ばわりですよ」

また盛大にため息と共に肩を落とされ、ヒサナの表情が曇る。
悩みの種を蒔いたのは鬼灯だというのに、本人は随分と軽視しているように見える。

「教えろって言ったじゃないですか」

だからこんなに悩んでいるんだと不機嫌を露にすれば、鬼灯が膝を折ってヒサナの横に屈む。
目線を合わせたのかと思いきや、伸ばされた鬼灯の両腕はヒサナのこめかみをとらえて頭をわしづかんだ。

「痛い痛い!」
「別に無理に思い出して下さいと、言った覚えはありませんよ」

爪はたてられていないが圧がかかる。
本気でこられたら頭蓋骨粉砕は間逃れないので、戒めのための行いだ。

「言ったでしょう。貴女がどこの誰で、何であろうと構わないと」
「生前は似ても似つかない性格だったら?思い出して、もしそっちの私になったら…」

ふいに言葉を止めたヒサナが、合点がいったように目を見開いたので鬼灯は怪訝に表情を歪める。
鬼灯に向けて投げ掛けていた疑問で、ヒサナはそうかと自分の手のひらを見つめた。

「そっか、私が怖いんだ…」

知らない自分へヒサナが抱いているのは、不信感や違和感ではなく確かな恐怖心。
もしも思い出す事があったとして、今の自分は自分でいられるのか。
元の自分の記憶が目覚めたら、私はその時どうなるのだろうかという疑念が大きいのだ。
鬼灯は上の空で手のひらを見つめているヒサナの顔を覗き込み、頭を掴んでいた手を解くとポンポンとヒサナの頭を撫でた。

「え?」
「私が愛したのは貴女です」

次いでぐしゃぐしゃと頭を撫で付けられる。
大きな手のひらは先程まで痛みを与えていたとは思えないほどとても優しい手付きで、ヒサナは心の強張りが僅かにほぐれた。

「以前ヒサナが私に聞きましたね。自分達鬼火が丁に入らず、あのまま死んでいた方が幸せだったのではないかと」

確かに鬼灯が悪夢を見るのを共有したときに聞いたことはあったが、それが今の話と何の関係があるだろうか。
ヒサナは唇を結んだまま頷き、黙って鬼灯の言葉を待った。

「その時言いましたよね。今この生があるのは貴女方のお陰だと。貴女に出会わなければ鬼神鬼灯は居ませんでした」
「言って頂きました」
「それと同じ様に、生前のヒサナが無ければ鬼火のヒサナも居ないのです。つまり生前の貴女が居なければヒサナも、私も存在することは叶わないのです」
「あ…」
「何事も過程は大事ですよ。貴女が自分を否定してどうするのですか。私が丁であるように、ヒサナもきっとヒサナですよ」

預かり知れぬ自分を嫌悪しててどうする。
どうしようもないのだ。
そしてその未知の自分が存在していたからこそ、今の私も鬼灯も在るのだと、ヒサナは蟠りが取り除かれたような感覚を覚えた。

「…とんでもない性格だったらどうします?」
「今のヒサナを見ていて、とりあえず頭が切れそうには無いので問題無さそうです」
「どういう意味ですか!」

鬼灯は、完全にヒサナが生前の自分と成り代わってしまうかもしれない事を否定したわけではない。
それでも、その自分が居たからこそ今があるのだという事は揺るぎない事実で、確かにある今の現実を思えば独りで悩んでいた時より不安感はずっと小さくなった。
鬼灯もきっと、あの夜はこんな気持ちだったのだろう。
無理に思い出す必要もない。
眠りから覚める時が来たら、鬼灯と一緒に向き合えばいい。
もしかしたら思い出さないかもしれない。
ヒサナがようやっと表情を和らげたのを見て、鬼灯は世話が焼けると、ヒサナが気づかない程度に僅かに目を細める。

幸運を訪れさせる二人の座敷童子は、いつの間にかその場から姿を消していた。

20150412

[ 56/185 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -