ある種の才能




彼女は生まれつきとある感覚を持って生まれてこなかった。
健常者が当たり前のように持ち合わせている五感。味覚、嗅覚、聴覚、視覚、そして触覚。彼女はその触覚から得られる感覚のうちの『痛覚』だけを、全く知らないのだ。それ以外の感覚は持ち合わせているが、何故か、それだけはない。
彼女は『痛覚』がないことを、友達には伏せている。打ち明けたところでどんなに相手は気にしていないといっても、何処かよそよそしくなると考えたかららしい。伏せていることは恐らく上手に生きていくには正しい選択だ。
何故それを私が知っているのかというと、一年程前に同じ学級になり、係分けを行ったところ、彼女と私の二人が同じ係になったことがそもそものきっかけである。放課後に教室に残り、担任の手伝いをするという係だった。
彼女は静かで落ち着いていて周りには溶け込めてはいなかったが、数人の友達がいて、楽しそうに毎日を過ごしていた。一方の私は小さい時からいじめられっ子で、無論、今もいじめられている。毎日殴られたり、体操服を隠されたり、机に落書きをされたり…。言い表せないほど散々な嫌がらせを受けてきた。どうして私だけが、と昔は思っていたけれど、そんな風に思っても誰も助けてくれない。見て見ぬふり。だからもう、嫌がらせをなるべく最小限にするために逆らわないようにしている。それが私なりの上手な生き方だった。
係の活動の一回目。担任がプレゼンテーションをする際の資料をホチキスでとめるという単純な雑用。最初は私は彼女と初めて二人きりになることが怖かった。学級でいるときは表の顔で、裏の顔は怖いのかもしれない、と。けれど彼女は与えられた仕事を黙々と続けていて、一向に私に暴力を振ろうとしなかった。不安になって私は彼女に、どうして暴力を振らないのと聞いたら、彼女は、誰でも痛いことは嫌でしょ、と言った。もっと女染みた綺麗事を言うかと思っていた。少し、彼女の見方が変わった気がした。
次の日、彼女と話すことが出来るかもしれないと思った私は少し上機嫌で教室に入った。けれど、すぐにいじめっ子達に道を遮られ、話し掛けることは出来なかった。私は、彼女なら助けてくれるかも知れない、と彼女を見たが、彼女は友達と話していて、見て見ぬふり。ああ、結局彼女も周りの奴等とおんなじなんだなあ。
係の活動の二回目。前回の活動から二ヶ月ほど経った日だった。その二ヶ月の間、私と彼女は一言も話をしていない。今日の活動内容は、ハサミで折り紙を切って、教育実習生を歓迎する時に使う紙吹雪を作ることだった。始めは私も彼女も無言だったが、私は教室での彼女の態度を思い出し、つい感情が高ぶり、どうして助けてくれないんですか、と言ってしまった。彼女からもいじめられる、と思った。けれど、彼女は抑揚のないいつもの声で、ごめんね、わたしは貴女を助けられないの、と言った。どうして、と聞くと、わたしもいじめられちゃうでしょ、と言った。正論。誰だって自分が一番可愛いからね、と私は心の中で彼女を悟りながら彼女を見る。すると、赤が目に入った。色とりどりの折り紙の赤ではなく、彼女の、赤。彼女の、血だった。折り紙を切るために担任から渡されたハサミを彼女は彼女自身の腕に突き刺したのだ。ハサミは全体の半分しか見えない。かなり深く入っていて、痛い筈だ。なのに彼女は顔色一つ変えない。そして彼女は、わたしは痛みを感じることが出来なくて、痛いふりだって上手に出来る自信が無いの、と彼女は淡々と言った。彼女がさっき言ったいじめられたくないというのはそういうことだったのか、と私は納得した。彼女の腕からはまだ鮮やかな色の赤が流れていた。手当てをするべきだったのだろうが、私はその赤から目を離すことが出来なかった。
係の活動の三回目。前回から三ヶ月経った頃。内容は担任の机の中の整理。また彼女とは前回の活動から口をきいていない。でも、その口を聞いていない期間、私はいじめられている時彼女のことを思ったら、いじめは辛くはなかった。彼女も、十分にいじめられる素質を持っている。一歩間違えれば彼女もいじめられる体質を持っているから、不思議な安心感があったのだ。私は彼女に親近感を覚えていた。係の活動が楽しみでしょうがなかった。そして、係活動の時。彼女は私の腕を見て、顔をしかめた。私の腕にはいじめっ子達がつけた切り傷があった。もう瘡蓋になっていたが、自分自身で見ても痛々しい。彼女は微かに唇を震わせながら、いじめをとめることは出来なくて、身代わりになることしか出来ないと思うの、と言った。でも、私はもう諦めていたことだったから助けてほしい気持ちなんて微塵もないのに、彼女はなんでそんなことをいうのかがわからなかった。彼女は続けて、けれど、私には前に言った通り身代わりになることは出来ないけど、私にしか出来ないことはあると思ったの、と言った。庇っても身代わりになってもくれないのに、何ができるっていうのだ、と彼女を責めそうになり自制する。彼女は私の内心に気付かずに続ける。
貴女がわたしを苛めれば楽になれるのではないですか、と。
意味が一瞬理解できなかったが、少し後に理解できた。いじめは結局地位を示す様なものである。だから、今一番下の地位にいる私が、『痛覚』のない彼女を苛めて自分の地位は下ではないと思え、っていうところだろうか。普通の人だったら、そんなこと出来ませんって断るだろうか。でも私は、また彼女のあの真っ赤な血が見たくて、いいんですか?と聞いた。だって彼女も、今まで邪魔だった『痛覚』のない自分が必要と言われて心底嬉しそうな顔をしている。教室でみた薄っぺらい笑みよりも、ずっと綺麗だった。



それから約半年間、私に対するいじめはエスカレートしていった。そして、彼女を傷付ける行為も酷くなっていった。最初は皮が少し切れて血が垂れるくらいで興奮していたが、最近では服を着れば見えないところは、殆ど殴ったし、切ったし、火傷も負わせたりした。それでも、何かが足りない。物足りない。彼女を切っても、殴っても、蹴っても、踏んでも、叩いても、束縛しても、嬲っても、詰っても、満たされない。楽しくない。なんで?あの、私の大好きな彼女の真っ赤な綺麗な血だって沢山見れて、嬉しい筈なのに。どうして、どうして。












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久しぶりの更新がきもちわるいものでごめんなさい…(^-^;)
補足ですが、舞台は中学…?で、罪木が保健係になれなかったのは他の人にとられたからというさりげない設定がありました。
蜜柑ちゃんかくの楽しかったです!




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