ピエロは人が日常的にやっていることを見せているだけだから、決して哀れではないのです




両親が死んじゃったって、家政婦さんから遠回しに言われた。まだ小さい頃だったから、すぐには理解できなかった。
わたしはたまたま体調を崩していて、家族旅行に参加出来なかった。おうちには家政婦さんが何人もいるからお留守番は怖くはないけれど、楽しみにしていた旅行に行けないということがとてもショックで自分の部屋でずっと泣いていて、お見送りもしていなかった。でも、行く直前に凪斗お兄ちゃんがお土産たくさん買ってくれるってわざわざわたしの部屋まで来て、言ってくれたから幾分か心が楽になったのをはっきりと覚えている。
その家族旅行が一変して、まさかおとうさんとおかあさんが事故で死んでしまうなんて。
「…ただいま」
何も思考が回らなくてただ呆然としていると、お兄ちゃんが帰ってきた。お兄ちゃんのもとへ駆け寄ると、顔色がわたしや家政婦さん達と同じように魂が抜けたような顔色をしていたことがわかった。頭を優しく撫でてくれたが、手が冷たくてびっくりした。
「…凪斗様、おかえりなさいませ。今後は私達家政婦は凪斗様を主としてお仕えすれば宜しいのですか?」
家政婦のなかのリーダー的役割を果たしている家政婦が静まり返った場で声をあげた。そうか、もうわたしの家の主であったおとうさんはいないんだ。なんてぼんやりと思った。
「うん…そうなるね。でも、いくら遺産があるっていっても今までみたいに不自由がない訳ではないから、家政婦さんは三人に減らそう」
お兄ちゃんのこの言葉で、一気に場がざわついた。今まで20数名いたから、戸惑っているのだろう。
「大丈夫、次の勤め先はお父さんの知り合いとか、ボクがちゃんと手配してあげるから」
さっきまでざわついていた家政婦さん達が一斉にほっとした表情を浮かべた。普段優しくしてくれているのは、仕事だからなんだと思ったら、なんだか悲しくなった。
「とりあえず今日はもう寝よう。随分遅い時間だからね。細かいことは明日やろう」
このお兄ちゃんのひと言で家政婦さん達が「おやすみなさいませ」と、私とお兄ちゃんに軽くお辞儀をしてから自分たちの割り当てられた部屋へ戻っていく。
「…ボク達も寝ようか」
「あ…えっと、一緒に寝てもいい?」
いつもはおかあさんと寝ているけど、そのおかあさんは……。まだ現実味がなくて涙も出ない。ただ、居なくなってしまったということはなんとなく理解出来るようになってきた。寂しいという感情もある。
「もちろん」
お兄ちゃんが微笑みながら私の手を取り、部屋へ連れていってくれた。手は相変わらず冷たかったけれど、お兄ちゃんと一緒ならこの先も寂しくないような、そんな気がした。







――ここで、目が覚めた。
とても懐かしい夢を見ていた。今はもう両親が死んでしまってから数年経って、凪斗お兄様は高校生、私は中学生になっている。残った三人の家政婦さんは私や凪斗お兄様が学校に行っている間に暖炉の火に巻き込まれて大火傷をしてしまったり、夜ご飯の買い出しの途中で交通事故に遭ったり、不吉だって言って逃げていったり…。そうして家政婦さんは皆出ていき、いつの間にか二人暮らしになっていた。両親が生きている時から雇っている定期的に来る税理士のおかげでお金の管理は問題ないが、お兄様の高校は忙しいらしく帰りが遅くて一人の時間が増えてしまった。今だっていつも通り私がお兄様より先に帰ってきて、ご飯を作り終えて待っているときだった。先に食べていると不機嫌そうにするから毎回待っている。今日はいつもより一段と帰りが遅くてついテーブルで寝てしまっていた。その時、玄関の方から物音が聞こえた。どうやらお兄様が帰ってきたようだ。
「ただいま。遅くなってごめんね」
大して悪びれた様子もない。形だけの謝罪なんていらないのに。
「おかえりなさい、お兄様。ご飯は出来ています」
「お風呂は?」
「……すみません、これからやってきます」
「本当にダメだなあ…名前は」
冷たい視線が私に向けられた。お兄様は冗談や嘘をよく言うが、今回は本気だ。本気で私のことを要らない存在だと認識している。逃げる様にお風呂場へ向かっているとき、立ち止まったら足が竦んで二度とその場から動けなくなるような気がして怖かった。
超高校級の幸運。
それがお兄様が生まれつき持った能力だと、高校の重鎮の方々がわざわざ私達の家に来て言った。お兄様も薄々自覚はあったようで、言われた時もそんなに驚いた様子では無かった。お兄様に直接自覚した時はいつだと問い詰めたことは無いが、思い当たる節が沢山あって聞くまででもなかった。両親が亡くなったのも、家から家政婦さんがいなくなったことも、お兄様が誘拐されたことも、私がここに今生きていることも!全部、お兄様が軸になって起こっているんだと理解するのに時間はかからなかった。私が家族旅行の時に体調を崩したのもお兄様の幸運によってのことだったのだ。生かされている。それが私にぴったりの言葉だ。その日から「凪斗お兄ちゃん」という呼び方をやめて、「凪斗お兄様」と呼ぶようにした。ため口もやめて、敬語で話す様にした。お兄様に尽くすようにした。お兄様も「まるで、ご機嫌とりのピエロだね」って満足そうに笑っていたから続けている。ピエロの様に見えていても構わない。私が今生きているのはお兄様に必要とされているから。お兄様は両親より、家政婦より、私を必要としている。ただ、それが嬉しくて。私の命は、お兄様のために。




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