静寂の中




常夏の島にも冬はくる。
日本ほどは寒くないが、やはり寒い。雪も降りはしないが、風が冷たい。
こういう寒い日は家に居て炬燵にでも入ってぬくぬくしていたいところなのだが、起きた時に突然炬燵に入りながらココアが飲みたいと思い立ち、厚着をしてスーパーマーケットへと出掛けた。
外へ出たと同時に冷たい風が吹き寄せてくる。思わず身を縮めた。コテージを見渡す限り、殆どの人が室内に居るようだった。普段であったら私もその一人になるが、インドア派を極めている自分に流石に外に出なくてはと鞭を打つつもりで歩きだす。
やっとの思いでスーパーマーケットに着くと、なんと先客がいた。狛枝だった。狛枝凪斗。変人で近寄りがたいと思っていたが、長く島で過ごしていると意外と普通な人だということが分かった。
…でも前言撤回しよう。こんな寒い日だというのに、サーフボード売り場や水着コーナーをうろついている人が普通な人の訳がない。確かに変人な面もあると思っていたが、今日は一段と磨きがかかっている。
そうして物陰で狛枝の奇行を見ていると狛枝が私に気付き、
「あれ、名前さん?偶然だね、今日はとても暑い日だから海がプールに入ろうと思うんだけど、一緒にどうかな?でもボクとなんか入りたくないよね…ごめんね無理言っちゃって」
…ん?今、暑い日って言った…?と私が認識した時、突然狛枝がぐるぐる目を回して頭をぐらぐらさせて、その場に倒れた。








「…………ん…、ここは…?」
「やっと起きた?狛枝」
「名前さん…」
狛枝は現状が掴めなかったらしく私の部屋を見回す。
「じゃあこの見覚えの無い部屋は名前さんの部屋で、これは名前さんのベッドってことになるね」
その通りだ。狛枝は高熱で突然倒れた。とりあえずコテージまで運ばなければならなかったが、それはスーパーマーケットにあったカートを利用して運んだ。長身男をカートに押し込んで運ぶのも絵面的に可笑しいが、幸いすれ違う人もいなかったので大丈夫だった。狛枝をカートで運ぶのと同時に薬や冷えるシートなども持ってきて正解だった。ベッドに寝かせたすぐ後は呼吸も乱れていて汗もかいていたが、今では治っているだろう。なんせ5時間以上も寝ていたのだから。
「狛枝、もう大丈夫そうだから帰ってくれる?」
冷たいことを言っているようにも聞こえてしまうが、彼氏と彼女の関係でも無いというのに男女が同じ部屋にいるのはどうかしている。早く帰ってほしい。ところが、
「嫌って言ったらどうする?」
…忘れていた。狛枝はこうやって人の感情を弄ぶ奴だった。
「嫌って言う意味が分からないから、帰って」
「……名前さんさあ、油断しすぎだと思うよ」
そう言い終わるのと同時に、ベッド近くに座っていた筈の私の体をベッドに縫いつけ身動きがとれないように狛枝は覆い被さった。え、嘘、こういう流れ?と疑うのと同時にまだこいつは熱があるんじゃないかと思った。全く脳が現状についていかない。
「名前さん、今どういう気分?」
覆い被さっている狛枝が恍惚の顔を浮かべて私を見下ろす。屈辱的な気分、とでも言わせたいのだろうか。私は
「ココアが飲みたい気分」
とでも言っておこう。狛枝のせいで忘れてしまった物だ。全部、狛枝のせい。




戻る








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -