マリア・ブランドーの巻
母が亡くなった。大好きだった母が。酒に溺れた父と、私達二人の子供を養ってくれていた母が、亡くなった。頭に浮かんだ文字は“絶望”。私の、私たちの、良き理解者であり、味方であり、希望であった母の存在が、消えてしまった。…残された私とお兄様は、毎日母の死を悲しんでは、涙を流していた。しかし、父は違った。父、ダリオ・ブランドーは違った。
「おい、酒だッ!酒を持ってこいッ!」
「父さん、もう家にはお金はないッ!酒は買えないんだッ!」
「金がないだァ?んなもん、あの女の服でも売ってつくりゃーいいんだよッ!」
「グッ、」
『お兄様ッ!』
「マリア、テメーもだ、身体でも売って酒買ってこいッ!」
『いや、放してッ!』
「マリアから手を放せ、このくそ親父ッ!」
「…テメー、誰にそんな口利いてやがんだァ?!」
毎日毎日、暴力を受けては身体に傷を作りながらも、兄は私を護ってくれた。母との約束を守ってくれた。そんなある日、
「マリア、二人でお金を貯めて、この家を出よう。」
『お兄様、』
「いい加減、あの父親と一緒に暮らすことに耐えられないッ!それに、あの男のせいで…、」
優しく抱きしめてくれる兄に、私は傷だらけの腕を回した。
「お前の目を…、」
震えた声に、兄が泣いているのだとわかった。
『平気よ、私。お兄様がいるんですもの、平気…。』
私は、見えない目をゆっくりと開き、兄の頬に手を添えた。
『泣かないで、お兄様。』
「マリア…ッ!」
ポタリと頬に落ちてきた涙。兄はきつく私を抱きしめた。
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眠り姫