吉良吉影と受付嬢

『おはようございます。』

朝。通勤してきた社員たち一人一人に頭を下げる、朝。今日の私は憂鬱だ。




吉良吉影と受付嬢
 Part 1 きっかけ




「別れよう。」

…突然だった。5年も付き合っていた彼氏に振られた。

『ちょっと待ってよ…、どうしてよ!』
「他に好きな人が出来た。だから、お前とはもう一緒になれない。」

結婚の約束までしていた相手に、私は振られた。彼は同じ会社の営業部。私は受付嬢。彼が好きになったのは、私と同じ受付嬢で、同じ時期に就職した同僚だった。…今、隣に立って、にこやかに笑顔を振りまいているのが、その同僚だ。

『おはようございます。』
「…おはよう。」

ボーっとしていた。規則正しく、面白おかしく、同じ動作を繰り返すロボットのように、無意識に挨拶をしていた。挨拶を返された事で、飛んでいた意識が戻ってきてハッとする。

「はぁ〜…、カッコいい〜…!」
『え?』
「今の人よ!確か、吉良吉影って名前で、営業部だったかしら?広報部?部は忘れちゃったけど、この会社で一番のイケメンよ?あんなイケメン、他にはいないわ!」
『…そ、そう…。』

気まずい…。…私の元彼が好きになった彼女の名前は、福富枢(ふくとみかなめ)。私と同い年で二十歳。地毛だという焦げ茶色の髪をショートカットにして、お洒落なメイクもナチュラルメイクも似合う小悪魔タイプ。それに対して、私の地毛は黒。前髪を軽く右に流し、背中まである残った長い髪を斜めに流して結ぶ地味タイプ。化粧もするけど、いつもナチュラルに限る。こりゃ振られるってもんよ。どう考えたって、彼女の方が色っぽく見える。

「あ、名前。」
『何?』
「彼氏と別れたんだって?」

通勤ラッシュの時間も終わり、静まり返った受付ロビー。椅子に座って、受け付け用のパソコンをいじりながら、枢が小声で聞いてきた。

『…まぁ。』
「何で別れちゃったの?勿体無いなぁ…。彼も結構カッコいい方だと思ったのに。」
『…んー…、何でだろうねー…、自分でも分かんないや…。』

…言えるわけがないだろう!!彼が枢を好きになったなんて、言えるわけない…!私は、特に気になるところもなかった花瓶の花を弄り、茎を数本入れ替えて向きを整えた。長い長い、勤務が始まる。

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