吉良吉影と受付嬢

『…ん…、』

目が覚めた。目覚めの悪い朝のはずだった。全ては憂鬱から始まる朝のはずだった。冷めたお湯が身体を震わせた。

『…あれ…?傷が、無い…?』

真っ赤だったはずの浴槽は、何事もなかったかのように透明になっていた。腕を何度も切り裂いたはずの傷も、持っていたはずの包丁も、なくなっていた。あったのは…、

『…何、この箱…。』

私の目の前に浮かんだ真っ黒い箱。

『どうして、浮いてるの…?』

指輪ケースくらい小さい箱。恐る恐る手にとって振ってみた。

『…?何か入ってる。』

コロコロと音がした。何か小さな石でも入ってる様な音。

『…開けてもいいかな…。』

外見は何ともない、普通の真っ黒な箱。そっと蓋を開けてみた。

『ひっ!?』

中に入っていたのは、昨日私が持っていたはずの包丁と、私の腕から流れたと思われる大量の血。しかも、包丁は箱に入る程とても小さくなっていた。

『何これ…、気味が悪い…!』

貧血でふら付きながらも急いで浴槽から立ち上がり、お風呂場に置いてあるごみ箱に押し込んだ。ふと、その拍子に気付いた。昨日転んだはずの傷がない。

『…何、どうして?昨日確かに転んだのに…。ストッキングも捨て…、あれ?ない。』

ゴミ箱を漁ると、昨日捨てたはずのやぶけたストッキングが無くなっていた。

『どういうこと…?…あ、さっきの箱が…ちょっと大きくなってる…?…気のせい…?』

あれ、私、どうして昨日こけたんだっけ。どうして浴室で寝てたんだっけ?…ダメだ、何だか昨日の事をすっかり忘れてしまったみたい。

『…あ、仕事!』

次の瞬間には、黒い箱の事も忘れて、浴室に戻った。急いでシャワーを浴びた後、いつも通り仕事に向かった。

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