「アヌビス神」

バスルームで春乃妹は両手を握ったり開いたり、体に異常はないか確かめていた。…不思議と何ともない。涙の壺を出してみた。涙の壺は春乃妹の周りをフラフラと飛び回る。不思議に思い壺の中身をみると、その中身は満たされていた。

『…どういうこと…?』
【?】

涙の壺は春乃妹の前を漂う。春乃妹が両手を出すと、大人しくその中におさまった。二人で首を傾げていたが、考えていても何もわからないので、とりあえずお風呂に入ろうという結論に至った春乃妹であった。




お風呂からあがると、いつの間に用意されていたのか、綺麗になった春乃妹の着替えが置かれていた。下着まである。春乃妹は着替えを済ませると、バスルームを出ようとした。そこで気がつく。なにか音が聞こえる。これは、ピアノの音だ。春乃妹はそっとバスルームを出た。音の正体は部屋の真ん中にあるグランドピアノだ。女がそれを流れるように弾いている。春乃妹はそれに聞きいっていた。曲が終わると女が春乃妹に振り返る。

「あら、そんなところでどうしたの?」
『…ぁ、』

春乃妹はとたんに顔を赤くした。

「まあ、髪の毛を乾かしてないじゃない。このままだと風邪をひくわ?さ、こっちへいらして!」

女に手を引かれ、春乃妹は再びバスルームへ戻った。女はドライヤーをコンセントに繋ぐと、春乃妹の髪の毛を綺麗に乾かしていく。春乃妹は花京院を思い出した。花京院はいつも、自分を一番に考えて大切にしてくれた。毎日髪を乾かしてくれたし、眠れないと言えば一緒に寝てくれたし、いつも一緒だった。いつも一緒だった兄が、今、いない。気がつくと涙があふれた。女はなにも言わずに髪を乾かしていく。涙の壺が現れ、ふらふらと涙を回収していく。髪を乾かし終えると、女は春乃妹を優しく抱きしめた。春乃妹は女に縋りついて声をあげて泣いた。こんなに泣いたのは久しぶりだった。涙の壺が溢れそうになった壺を台に置いて、新しい壺を取り出した。そしてまた、忙しそうに涙を拾っていく。



どれほど泣いていただろうか。

「…落ち着いたかしら…?」
『…ありがとうございます…。』
「いいのよ。女はいつだって泣いていいの。それを支えてくれる人が、きっと現れるから。だから、遠慮はだめ。特に、泣く時と甘える時はね?」

女はイタズラにウインクして見せた。春乃妹は小さく頷くと、女を見上げる。

『どうして、私の味方なの…?』
「…さっきも言ったけれど、春乃妹さんが昔の私にそっくりだからよ。なんだか、ほおっておけなかったの。」

女は遠い昔を懐かしむように、目を閉じた。そして、春乃妹に自分の過去を打ち明ける。それは、遠い昔の記憶。

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涙の壺



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