「アヌビス神」

暫くして花京院が落ち着きを取り戻した。そして、ポツリポツリと語り出した。

「春乃妹は…、」

花京院春乃妹は普通の少女だった。優しい両親を愛し、双子の兄を愛し、笑顔の似合う可憐な少女だった。しかし、彼女が四歳になった頃だろうか、ピタリと笑顔を見せることがなくなった。

「その頃から、春乃妹に涙の壺が見えるようになったんです。」

その頃から、春乃妹は一人で隠れて涙を流すようになったと言う。

「幼稚園の友達に、『お化けがいる』と言ったそうです。それから、春乃妹は友達に気味悪がられ、孤立してしまった。先生たちも、初めのうちは孤立した春乃妹を気に掛けてくれたのですが…、」

春乃妹がいくら必死に説明しても、涙の壺が見えるものは誰ひとりいなかった。花京院自身も、自分のスタンド能力に目覚めるまで、春乃妹が言っていることが信じ切れなかった。それからというもの、両親からも気味悪がられた春乃妹は、籠りがちになり、人との接触を避けるようになった。それから数年がたち、花京院に変化が現れた…。

「僕にも、幽霊が見えるようになった…。そう、思ったんです。でも、僕は気付いた。ハイエロファントは、僕とずっと共にいた…。そして、春乃妹にも…。」

それから花京院は自ら友達との輪を離れ、春乃妹と、二人のスタンド達と共に過ごすようになった。

「恐くなんてなかった。寂しくなんてなかった。四人でいれば、いつでも楽しかった。…春乃妹は、僕の家族であり、片割れであり、宝であり、希望なんです…!」

花京院は両手を握りしめると、頭を深く下げた。

「お願いです、みなさん…ッ…!僕の我儘で申し訳ないけれど、…春乃妹を…春乃妹をお願いします…ッ!!!!」

花京院のすすり泣く声だけが響いた。

「…全く、しんきくせぇなァ!花京院はよォッ!」

ポルナレフは涙をこらえながら花京院の背中を叩いた。ジョセフはニッと笑う。

「ポルナレフ…ッ、」
「心配せんでも、春乃妹ちゃんは家族も同然の存在じゃ!任せておきなさい。」
「ジョースターさん…、」
「そうですよ。私は、二度も命を救われた…。その恩人を易々と見捨てるわけにはいかない。」
「アヴドゥルさん…ッ、」
「ま、春乃妹ちゃん可愛いし、俺のタイプだし、女の子じゃん?女を護るのは男だからさ。」
「トロイ…、」

そう言いながら、トロイは承太郎に挑発する視線を向けた。承太郎はそれに眉を顰めるが、静かに口を開く。

「…俺の惚れた女だ…。助けねーわけがねー。それに、…親友(だち)の頼みは断れねーだろう。」
「…承太郎…ッ、…皆…ありがとう…ありがとう…ッ!」

花京院は包帯越しに涙を流しながらにっこりと笑った。




それから、一行はDIOの館を目指しながら春乃妹を探すことに。花京院は包帯がとれるまで入院、外れ次第追いかけると言う事で別れた。

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涙の壺



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