「愚者」のイギーと「ゲブ神」のンドゥール

ボシャアァ!という音と共に、一行が乗っていた車体が傾いた。壺から落ちた涙は花京院の傷口には落ちず、車の屋根に落ちると、それを伝って熱で渇いてしまった。

「う、うおおっ、す…、すべり落ちるぞッ!」
「もっと車のうしろの方へ移動しろッ!」

車が砂に沈み、縦に傾いた車。一行は車から振り落とされてしまった。水はじわじわと砂に沈んでしまい、居所が分からなくなった。

「(水が沈んだ。みんな、動くなッ!物音をたてるんじゃあない……、)」

身動きが取れなくなった一行。アヴドゥルは一人、腕に付けていたリングを砂の上に投げ出した。それはまるで人が抜き足差し足で歩いているように、砂に浅く沈んだ。そして最後のリングを投げたところで、リングの下から滲み出てきた水に、アヴドゥルはマジシャンズレッドを構えた。しかし、マジシャンズレッドの放ったパンチは読まれていたのか、飛び出してきた水は角度を変えて、アヴドゥルの喉元を掻き斬った。アヴドゥルが地面に倒れる。水がとどめだとばかりに鋭い爪を構えた。

「アッ…、アヴドゥルッーーッ!!」

ポルナレフが叫んだ瞬間、突然承太郎が車から離れるように走り出した。

「承太郎が走り出した。な…、なんてことを!」
『承太郎…、』
「…バカな奴…、」

水は走りだした承太郎を追いかけるため、地面に潜ってしまった。今のうちに、と春乃妹はアヴドゥルの元に駆け寄り、涙の壺を出した。壺を覗くと僅かの涙。花京院の傷はまだ塞げていない。承太郎は先程、失明の恐れがあると言っていた。どちらを先に治療するかと迷っている暇はなかった。人命第一。花京院が失明してしまったなら、自分が花京院の目になればいい。春乃妹はアヴドゥルの治療に取り掛かった。

『アヴドゥルさん…、』
「…うっ…、」

アヴドゥルの傷を塞ぎ、再度壺を覗いた春乃妹。涙はもう見当たらない。

「す、すまない…。…花京院の分の涙を…、」

春乃妹は静かに首を振った。

『私がお兄ちゃんの目になるから…。』

そう言うと、春乃妹は花京院の元に駆け寄った。ゆっくりと身を起こしたアヴドゥルの元に、トロイが歩み寄る。

「春乃妹ちゃんったら、お人好しだなぁ…。」
「……、」
「ね、そう思わないかい、アヴドゥルさん。」
「…春乃妹さんはわたしの命の恩人だ。二度もわたしの命を救ってくれた。あまり行き過ぎた言動を控えろ、トロイ。」
「ヒュ〜♪怖いねェみんなして。まぁ、いっか。」

[ 100/134 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]

涙の壺



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -