第12話


3年D組のメンバーが発表され、2年C組のチームも、残り一人となった。

≪2年C組最後のメンバーでありキャプテンは、最近転入したばかりの偽名字偽名前!並外れたバスケットセンスを発揮してきた偽名字選手!部活の先輩であり部長である兎逗を相手に、どれほど戦えるのでしょうか!?≫

サイドラインに立っていた偽名字はアナウンスに呼ばれると同時に、コート内へと入っていった。チームのキャプテンである人間は、どうやら最後に呼ばれるようだ。偽名字と同じ立場である兎逗の真正面に立ち、握手を交わした。

「手加減してくれる?」
『まさか。全力でお相手しますよ』
「そうこなくちゃ!」

その後、両者互いに全員と握手を交わし、それぞれのポジションへ。今までの試合はハーフコートで行われていたが、決勝ではフルコートを使用する。これまで以上に移動の激しい試合になりそうだ、と鬼道は腕を組む。そんな鬼道に、豪炎寺が話し掛ける。

「この試合、どう読む?」
「、バスケットか。サッカーだったら読めるんだがな」

予想できない試合展開が楽しみなのか、鬼道は口角を上げて答える。豪炎寺も同じように笑えば、鬼道は座って見ることにしたのか、豪炎寺の隣に腰を下ろした。因みに円堂は、鬼道でないほうの豪炎寺の隣に座っている。
ビィ――――――
試合開始の其れと同時に、審判がボールを高く、垂直に投げ上げる。因みに、ジャンプボールはどちらもキャプテンではない。恐らく、ボールが落ちてから素早く行動をするためにこの選択を取ったのだろう。そして、ボールを弾いたのは。

「よし!」

2年生だった。が、そのボールは仲間の手に渡る前に、兎逗がカットしてしまう。そのまま2年生が触れることなく順調にボールはゴールへ近付いていく。

≪流石バスケ部キャプテン!カットしたボールを同じチームであるメンバーへ回し攻めていく!!2年生成す術なしかぁ!?…いや、おおっと!ここで偽名字がゴール直前のボールをカットした!何と言う脚力!≫
「なっ」
『もらいますよ、先輩』
「やったなぁ偽名字!」

まさかゴール直前のボールをカットされるとは思っていなかったのか、シュートを決めようとした3年生は動きを止めてしまう。其れをいい事に偽名字はその3年の横をすり抜け、ゴールへと上がっていく。途中、兎逗が彼女のボールを取ろうと攻め立ててくるが、偽名字も彼女へボールを渡さまいとドリブルを繰り返す。

≪開始早々、すでに白熱している試合!この試合、一体どちらに勝利の女神は微笑むのでしょうか!≫
『佐伯!』
「はいはーい!」

ぶんぶんと偽名字に手を振る、スタメンの1人である佐伯。3年生はそちらにパスを出すのだと思い、佐伯をマークするが。

「っフェイントだ!」
『生島!』
「ほいっと」

動き出した自分のチームメイトに指示を送るために意識のそれた兎逗。偽名字は其れを見逃さずに、少し離れたところに居たノーマークの生島にパスを出す。其れを受け取った彼女は、フェイントに対応しきれずにいる3年生を難なくすり抜け、ゴール近くへ。

≪偽名字の指示に従って生島は3年生を抜いた!このままゴールを許してしまうかと思いきやおぉっ!近くに居た3年生がDFに入りました!≫
「行かせない!」
「行くのは私じゃないんですおー」
「、え?」

3年生の眼前に迫った生島の手には。

≪な、何と言うことでしょうか!先程まで生島選手の手にあったボールが無い!!≫

実況にどよめくギャラリー。生島が誰かにパスしたモーションも、誰かが受け取ったモーションも見られなかったというのに。確かに彼女の手に、ボールは存在していなかった。

『先ずは一点』

だんっ、とコートを蹴った偽名字に、ゴール前の3年生が遅れて反応するも時既に遅し。彼女の手を離れたボールは、綺麗な弧を描いてすっぽりとゴールリングを通った。

≪な、なんと!生島選手から消えたボールは偽名字選手が持っていたぁ!!転入して日が浅いというのに何と言うチームワーク!これはバスケ部部長の率いる3年生チーム、苦戦しそうです!≫
「すっげぇ…」

サッカーではないものの、円堂にも偽名字の実力がいかほどかということは十分伝わった。洞察力の優れている鬼道と豪炎寺は尚更である。彼らは驚きながらも、不敵な笑みを浮かべていた。

「強いな、3年生を出し抜くなんて」
「あぁ。技術もさながら、相当の運動神経だ」
「くぅっ、サッカーボール蹴ったら凄いんだろうなぁ!!」
「「円堂…」」

目の前では白熱しているバスケットの試合をしていると言うのに、彼の頭の中にはサッカーのことしかないのだろうか。そんな疑問の答えはとうの昔に出ているため、2人は其れを口にすることをせずに、小さく溜息をつくに留まった。
ビィ――――――

≪2年生チームが2点奪取したところで前半終了!点差は3点、3年生チームはまだ巻き返すことの出来る点数です!≫

実況のそんな声を聞きつつ、選手たちはコートを後にする。凄まじい攻防戦の後だったからか、選手たちは一名を除き、皆一様に息を切らしていた。クラスメイト達は、そんな彼女らを迎える。円堂たちの近くに居た木野は、偽名字のタオルとスポーツドリンクを持っているので、コートから出てきた彼女に駆け寄った。

「前半お疲れ様!」
『、ありがとう』

汗は出ていないので拭う必要は無いだろう。偽名字はスポーツドリンクだけを受け取って、それで喉を潤す。ふと、チームメイトに視線を向ければ、彼女らは自分よりもずっと疲労していた。普段から鍛えていた偽名字とは違うのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。こうも違いが顕著に出てくるとは思わなかったので、彼女は困ったような溜息をついた。

「凄い体力だな」
『、鬼道。来てたんだ』
「あぁ、決勝戦だしな」

豪炎寺も来てるぞ、と彼が視線を向けた先には、壁に背を預けて座っている豪炎寺の姿が。やるからには勝つ、と決めたこの試合に、自分は随分集中していたようだ。目立つ彼等が居たことにも気付けなかったのだから。そういえば、と思い出した偽名字が彼に尋ねる。

『サッカーはどうだった?』
「俺達のクラスが優勝した」
『、豪炎寺』

近付いてきた豪炎寺が、偽名字の問いに鬼道の代わりに答えた。サッカー部の豪炎寺に鬼道。彼らと一緒に居るところを見られたら間違いなく面倒ごとに巻き込まれそうだ…。内心頭を抱えていると、彼らの間から見える音無がカメラを構えているのが見えた。ネタに使われてしまうのではないかと危惧した偽名字は、さっと立ち位置を変えて、自身がカメラに映らないようにする。2人はその動きを不思議に思い彼女に視線を向けたものの、彼女の視線とは交わらない。其れが少し残念だったように感じられた。

「円堂のクラスとギリギリの試合だったがな」
『円堂…サッカー部のキャプテンか』
「あぁ」

結局、後半戦が開始されるまで、話し続けていた3人。そんな彼ら、否、彼女を忌々しげに見ている一人の生徒が居た。誰からの視界にも入らないその生徒は、いつも下ろしている薄茶色の髪をツインテールにし、薄桃色の瞳を細めている。

「何よ、あの女…っ!」

知っていた。
自分の少し後に転入してきたあの女子生徒のことは。顔立ちはそこそこ整っているけれど、髪も瞳の色も、そこらでよく見かけるなんな変哲も無い物で。自分のように特徴が有るわけではなく、目立ちもしないだろうと踏んでいた。それに、サッカーにも、サッカーにも興味がなさそうだと思って、放っておいた。彼らは私に夢中だと、私以外の女に興味など無いと、そう思っていたのに。

「有人も修也も、あんなに楽しそうに笑うなんて…!」

あんな笑顔、自分に向けられたことなんて無かった。ぎり、と唇を噛む愛染。けれど、その唇は軽く跡がつく位で。血なんて一滴も出ない。

「…いいえ、大丈夫。彼らは皆、梨子のものだもの」

あんな女に、靡いたりしない。

「梨子に笑顔を向けてくれないのは、単なる照れ隠しなんだから」

にや、と口元を歪に歪めた愛染。あの女に私の邪魔なんて出来ない、とそう呟いた彼女は、何を思ったのか。そこらに落ちていた、クラスマッチの要綱を拾い上げ、3日目の競技を見た。

「ふぅん、サッカーに参加するの…」

だったら、と愛染は拾い上げた其れを再び捨て、ぐしゃりと踏み潰す。何度か折られた後のあったそれは、今度こそぐしゃぐしゃになってしまった。それには見向きもしないで歩き出した愛染は、一人呟く。

「公衆の面前で、恥を曝させて あ・げ・る」

楽しそうに、しかし、醜く歪んだ笑顔を湛えたまま、彼女は歩いていく。鬼道と豪炎寺と共に居た偽名字は、彼女のその一部始終をじっと見詰めていた。彼女は気付いていたのだ。愛染から向けられる、憎悪の視線に。やはり彼らと接触したのは間違いだったか、と内心溜息をついた。
直後、後半戦開始のアナウンスが入り、偽名字は彼らと別れた。ギャラリーに背を向け、チームメイトからも見られないように口元を手で覆い隠す。

『いつまで保つかな、"神の愛娘"』

曝されている目はいつもと同じように冷静で平然としていたが、その口元は、面白いと言わんばかりに歪んでいた。


神の愛娘を陥れる
天罰が下る?そんなもの、信じてなどいないさ


『勿論、神の愛娘なんてものも、な』

14/105

prev next
- ナノ -